2013年7月

  第17回お江戸散策は天候が懸念されるなかでしたが、参加希望者の熱意から実施することになりました。当日は朝から電車も 遅延するなどして、明大前駅への集合時間を10分ほど遅れて散策へ出発です。最初に訪れ たのは明治大学和泉キャンパス。  明大前駅の駅名は、以前「火薬庫前」という物騒な名前だったそうで、江戸時代は 幕府の火薬庫があった所という。昭和9年に明治大学がこの地の払い下げを受けて和泉校舎を建設した。以来79年間明治大学教養課程の学舎として今日に至っている。大きなビルの学舎がいくつも建ち、ティータイムも近づいたので、学生食堂でひと休みさせていただき、現在の学生たちの様子を感じ取ることができました。続いて、明大同様に払い下げを受けて、墓苑を建設した築地本願寺別院和田堀廟所に向かう。名刹の墓苑だけあり、多くの著名人が泉下でやすらかに眠っている。佐藤栄作古賀正男服部良一海音寺潮五郎水谷八重子 樋口一葉笠置シズ子、等々。泉下の笠置さんには敬意を表して”東京ブギウギ”をハーモニカ演奏で供養した。墓参をしている間に、昼食時間が近くなったので、甲州街道第一宿場であった 下高井戸へ足を進めた。駅前商店街の一角に中華レストランチェーン店で定食を取る。まづまづの味で十分腹ごしらえができた。次は東急世田谷線に乗って、山下駅に向かう。住宅地の中を走る電車は、江ノ電を彷彿させて、情緒があり、きれいな街並みを車窓から眺めても楽しめた。山下駅から数分のところにある成勝寺には、松尾芭蕉の弟子で、芭蕉を物心両面で支えたという杉山杉風の墓があり、墓碑に刻まれた辞世句を読みながら、この徳のある人物を偲んで合掌。この寺院から数分のところに足利将軍家の創建と伝わる曹洞宗寺院常徳寺がある。境内は欅や楠の大木が所々に立ち、静寂に包まれていた。この寺院の門前の道は、比較的狭い道幅の府中街道が走っていて、車が頻繁に往来する。この古道を東に数分いくと鬱蒼とした大木が茂っている古社世田谷八幡神社に出た。この古社では奉納相撲で豊作、凶作を占う慣習があって、今日でも東京農大相撲部によって奉納相撲が行われているという。神社をでると、宮坂駅がそばにあり、踏切を越えて100mほど行った所の左側に豪徳寺の巨大な石門が見える。江戸幕府筆頭譜代大名家の菩提寺という格式らしく、参道に植えられた樹齢の経った松並木が道を覆い隠すように並んで立ち、暑さを凌ぐように、涼風が靡いてくる。ここには桜田門外で暗殺された大老井伊直弼の墓があり、都の史跡になっている。直弼の墓の後部には、暗殺者から必死に主君を守ろうとして、討ち死にした家臣八名の墓もあり、墓石からも、その無念さが伝わってくる。当寺は、井伊家第2代藩主直孝が鷹狩りの折、この寺にいた猫が手招きするので立ち寄り、ここで休息した。すると、休息している間、にわかに悪天候になり、猫が手招きしてくれたので、その難を逃れたという。この事を喜んだ直孝は多額の寄進をして荒れていた寺院を立て直すとともに菩提寺にしたという。住職は猫が死んだあと境内に招猫堂を建て供養した。この招き猫は評判となり、福を求める参詣者の人気になったという。豪徳寺の門前を左折して、100m程の住宅地の一角に森に包まれた小高い丘がある。ここは中世この地方を支配していた吉良氏の居城、世田谷城の址である。子どもたちが駆けずり回っていて、ほどよい遊び場になっている。次に散策したのが、その吉良氏の菩提寺である勝光院。鬱蒼とした竹林に覆われ、静寂につつまれた参道から山門への空間はこころを和ませてくれる、よい雰囲気である。五輪塔や宝篋印塔が並ぶ吉良一族の墓をお参りして合掌。次に世田谷代官屋敷跡に向かう。世田谷代官屋敷は彦根井伊家の世田谷領20ヶ村の代官所でしたが、代官の陣屋として建てられたのではなく、この地の名主であり世襲で代官職を務めた大場家宅を役所とした邸宅兼用の代官所でした。現存する建物は代官所として治安維持や裁きを行う御白洲なども備わっているが、武家屋敷というよりも豪農の邸宅としての形態が伝わってきます。ここより松陰神社へ向かう。吉田松陰は、勅許を得ずして開国に踏み切った幕府を批判したため捕えられ、伝馬町の獄舎で斬首されましたが、松陰の教え子である高杉晋作や久坂玄瑞ら松下村塾の門下生らによってこの地に改葬された。現在でも松陰を尊敬する人達が墓参に訪れ、墓前には献花が絶えないという。墓域の一角には、松陰を尊敬していた桂太郎の墓もある。安政の大獄で斬首された吉田松陰の墓所が、弾圧した井伊直弼の菩提所から、600mほどしか離れていないところにあるのは皮肉な話である。神社を出て商店街を歩き世田谷線の松陰神社前駅から三軒茶屋駅へ向かった。駅から100mほどのところに、本日の最終散策地である江戸五色不動のひとつ教学院目青不動尊がある。。当寺は青山墓地そばにあったが関東大震災後、当地に移転してきたという。 訪れた時間が夕刻になってしまったため、残念ながら御不動様を拝観することができなかった。墓域には小田原藩大久保家歴代藩主の墓所があるが、施錠が掛けられていて、同様に墓参が叶いませんでした。 今日は、関西方面は35℃にもなる猛暑だったそうだが、東京は幸い25~26℃ほどで、蒸し暑さはあったが、快適な散策が出来ました。喉を潤したくなったので、恒例の反省会を駅周辺の魚の美味しそうな居酒屋に飛込んで行った。和気藹藹の歓談で大いに楽しき一時を過ごせたのであるが、うっかり失念して、楽しい雰囲気の写真を撮り損ねてしまいました。 (報告:石井義文)