2013年12月

 【第3回多摩高 「弁理士の会】
 第3回多摩高 「弁理士の会」
  2013年11月30日に、溝の口の桂林にて、第3回多摩高弁理士の会が開催されました。当日は安部会長、弁護士の鯉沼先生、特許庁の杉浦審判長にもご出席頂き、鈴木 先生の乾杯の音頭に始まり、大変和やかな雰囲気で、各人からの近況報告がなされました。茂泉先生や塚本先生の事務所経営のお話等、貴重なお話を伺うことが出来ました。 2次会には、幹事の木下先生、安部会長、菅沼先生と居酒屋に繰り出し、『今後は資格の有無に拘らず、老若男女を問わず、知的財産をこよなく愛する者の情報交換の場にして、もっと盛り上げて行こう!』となりました。 
ということで、年1回は、会を開催したいと思いますので、まだご連絡頂いていない弁理士や特許庁の方、知的財産 にご興味のある企業勤務の方等は、同窓会事務局までご一報頂ければと思います。特に、若い方の参加、お待ちしております。  石倉 直樹(第32期)
  多摩高出身の知財関係者の親睦及び情報交換の場とする
  第3回 多摩高・弁理士の会が開催されました。
 日時:2013年11月30日(土) 19:00~
 場所:ホテルメッツ溝ノ口 チャイニーズダイニング桂林
 幹事:木下 茂
   第19回お江戸散策は江戸四宿の一つ中山道板橋宿界隈を取り上げました。JR板橋駅東口の広場左手にある近藤勇、土方歳三の供養塔から散策を始めました。この供養塔は明治9年(1876)5月に隊士の一人であった永倉新八が発起人となって造立されました。高さ3.6m程ある細長い角柱で、正面には「近藤勇宣昌・土方歳三義豊之墓」と刻まれ、右側面と左側面には、井上源三郎を筆頭に合計130名の隊士たちの名前が刻まれていて新選組の聖地のようで朝からも何人かの見学者が来ていました。次に向かったのは旧中山道平尾宿を北に向かい17号線と交差した路地を渡ったところにある東光寺。ここには関ヶ原の戦いで西軍の将として奮戦した宇喜多秀家の供養塔がある。宇喜多は関ヶ原の戦い後、八丈島に流罪となるが、妻が加賀前田利家の娘豪姫で、前田家は永年宇喜多一族を支援し続けました。幕府が倒れ、明治の世になって、宇喜多家は赦免され、秀家の子孫たちは、加賀藩下屋敷の一帯に住まいするようになり、先祖供養のため当寺院に建立されたと云う。板橋宿はここ平尾宿の次に仲宿、上宿が続き、それぞれに名主が置かれていた。道幅は3間程で、当時もほぼ同様の道幅であったという。平尾宿と仲宿と境付近にあったのが観明寺で、明治初期の住職は、この界隈を繁栄させる為に露天商を集めて、縁日を開き、それがきっかけで通りは大いに繁盛したという。仲宿の商店街は今日でも賑やかで脇本陣跡本陣跡そして高野長英が逃亡中に匿われたという医院の界隈は活気に満ちていました。上宿に入る手前の石神井川に架かる橋が鎌倉期から知られている板橋で今日の区の地名になっている。ここの橋から見下ろす河畔には桜の大木の並木が連なっていて、桜のシーズンには多くの花見客がやってくるという。上宿の商店街が途切れそうになったところに、日頃病苦や結婚に悩んでいる人たちの信仰を深めているという縁切榎の社があります。小さな境内には、切実な悩みを書いた絵馬が沢山奉納されていました。我々が見学中にも、心を込めて祈る人に出会い、その姿に一瞬緊張された次第です。ここら辺で昼食時間となり、この社の前にある手頃な「そば処」に入り、ランチタイムとしました。
   昼食後は、上宿を引き返し交差点を左折したところ50mにある文殊院を訪れました。この寺には、板橋本陣の主、飯田家代々の墓や宿場の飯盛女たちの墓があり、吉原の浄閑寺、新宿の成覚寺などを思い出し、思わず合掌しました。ここからは旧加賀藩下屋敷だったという中を歩き、東板橋体育館脇の広場に辿りついた。そこには明治初期に黒色火薬を製造したという巨大な圧磨機圧輪の記念碑がある。一見わかりにくい石輪のモニュメントであるが、同行した西村氏が、この製造原理を分かっていたので解説していただき、当時の火薬作りを少し理解できた次第です。ここも加賀藩下屋敷の中であるが、当時の面影を少し留めている小高い丘に向かい加賀藩下屋敷の標柱の建っているところに向かうと、そこには前田家の祖利家とお松を祀っている尾山神社の神門のステンドガラスのレプリカが置かれていた。ここからは石神井川沿いを下り、俳句の道を経て、八幡神社を経由して、国宝級作品をいくつも作った名陶工尾形乾山が眠っている善養寺、四谷怪談で名高いお岩さんの墓がある妙行寺新門辰五郎の菩提寺盛雲寺、そして天才漫画家手塚治虫の墓所のある総禅寺など著名人の墓参りをしばし行い、江戸時代から有名な巣鴨の庚申塚に辿り着いた。ここでは漢字文化圏において、年・月・日・時間や方位、角度、の元になっている十干と十二支の組み合わせの「干支」について学んだ。このあと明治29年に作られ多くの優秀な女性を輩出したという明治女学校跡を訪れ当時の向上心溢れる女性の姿をしばし偲んだ。ここまで来ると巣鴨駅まではもう直ぐで、途中、とげぬき地蔵で有名な高岩寺江戸六地蔵の1つで知られる真性寺を参詣して今回の散策をお開きにしました。時刻はまた15:30で、日暮れまでは、まだあるが、喉を潤したくなり、全員で手軽な居酒屋を見つけて入り、本日を振り返りました。 (報告:石井義文)

第10回 奥多摩むかし道

2013年12月14日(土) | コメント(0)
 2013.11.14(木)、女性7名、男性6名が集まり、奥多摩むかしみちハイクが実施された。
 朝、立川駅で幹事二人が青梅線のホームを間違うハプニングがあり、他にも二人いて、四人が遅れて奥多摩湖へ到着。本日、唯一の結構きつい登りで、上から紅葉の奥多摩湖を眺める。下って見晴らし台にて、12時を過ぎたので昼食にする。いつもの様に、色々な差し入れが飛び交う。あとは下る一方である。途中、歯痛た地蔵、耳痛た地蔵、滝、馬・牛観音、弁慶の腕ぬき岩、白髭神社を楽しみながら歩く。驚いた事に、突然、小澤先生が現れた。山に登った後、誘われていたので、追い掛けて来たとの事。結構、長い道のりだった。
  温泉は省略して、立川で打ち上げ。今回も良く食べ、良く飲んだ。(佐々木記)
〔懇親会〕 
 【22期同期会
  2013年11月9日、22期の同期会を日吉で行いました。
  岸先生、田辺先生をお迎えして約100名が集まり、昔話に花を咲かせ、近況を報告しあいました。
  22期の同期会は、2009年、2011年を経て3回目ですが、今後も2年に一回のペースで開催していきたいと思います。
  幹事代表 関根登(noboru@ha.catv-yokohama.ne.jp)  以上

 
 多摩高校の伝統行事「大師強歩」当日に合わせ同じコースを川崎大師まで歩く「大師強歩を懐かしむ会」は、今回で5回目となり11月5日(火)に実施しました。生徒たちと同様に母校から歩きたいとの声もありましたが、70歳に手の届く年を考慮して、今回も南武線向河原駅に9時30分に集合としました。今回の参加は14名となり、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県から懐かしい同級生が集まりました。前日までの雨が止み、雲一つない晴天となり絶好のウオーキング日和のなか,のんびりと歩き始めました。ガス橋を渡りPTAのサポートの方々に挨拶をし、記念写真を撮ってから本格的な歩行となりました。この辺りから西方を振り返ると武蔵小杉周辺の高層マンション群と日本電気のツインタワービルが見えて、横須賀線停車ホーム新設後の小杉地区の変貌ぶりが確認できます。また、多摩川に目をやるとオナガガモ・ヒドリガモ等の冬の渡り鳥の飛来やマルタウグイの飛び跳ねる姿を見ることができました。多摩川大橋の手前で、持ち寄りのお菓子をいただきながら大休止し、生徒のトップ通過を待ちました。やっと男子生徒が一人でかなりのスピードで通過しました。その後、後続の男子が通過して行きましたが、大半は運動部の生徒たちでありました。生徒が通過するたびに我々5期の一行からは、盛んな声援や拍手が起き、50年以上年のひらいた同窓生交互の交歓が繰り返されました。六郷橋の手前に生徒たちの通過チェクポイントがあり先生方に挨拶し、後続の生徒(特に女子のトップ通過)を待ちました。例年はもっと手前で女生徒が通過するすのですが、今回は天気もよく気分良く歩けたためか、我々のスピードが少しだけ早かったようでした。
 六郷橋を渡り川崎側に戻り、いよいよゴールまで3~4㎞となり、続々と生徒たちが通過して行きました。5期生からは「若くていいなあ」、「可愛いねえ」の声が飛び交いました。歩行中の多摩高生の整然とした様子や声掛けに対する素直な反応に、我々は誇らしささえ感じました。味の素の工場を過ぎ、多摩川から大師参道に入り13時に全員がゴールし、川崎大師に健康祈願をした後、記念写真に収まり我々の大師強歩は終了しました。
 このあと、同級生の生家大師駅前の「福嶋屋」で美味しいお蕎麦の昼食と少しのビール・日本酒をいただきながら若き日の思い出話は尽きることがありませんでした。 (幹事:金作)
 第2次懇親会 川崎大師商店街の老舗 福島屋にて  第3次懇親会 川崎駅前 大衆食堂にて

平成25年度 大師強歩

2013年12月05日(木) | コメント(0)
  多摩高校の伝統行事「大師強歩」当日に合わせ同じコースを川崎大師まで歩く「大師強歩を懐かしむ会」は、今回で5回目となり11月5日(火)に実施しました。生徒たちと同様に母校から歩きたいとの声もありましたが、70歳に手の届く年を考慮して、今回も南武線向河原駅に9時30分に集合としました。今回の参加は14名となり、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県から懐かしい同級生が集まりました。前日までの雨が止み、雲一つない晴天となり絶好のウオーキング日和のなか,のんびりと歩き始めました。ガス橋を渡りPTAのサポートの方々に挨拶をし、記念写真を撮ってから本格的な歩行となりました。この辺りから西方を振り返ると武蔵小杉周辺の高層マンション群と日本電気のツインタワービルが見えて、横須賀線停車ホーム新設後の小杉地区の変貌ぶりが確認できます。
 また、多摩川に目をやるとオナガガモ・ヒドリガモ等の冬の渡り鳥の飛来やマルタウグイの飛び跳ねる姿を見ることができました。多摩川大橋の手前で、持ち寄りのお菓子をいただきながら大休止し、生徒のトップ通過を待ちました。
 やっと男子生徒が一人でかなりのスピードで通過しました。その後、後続の男子が通過して行きましたが、大半は運動部の生徒たちでありました。生徒が通過するたびに我々5期の一行からは、盛んな声援や拍手が起き、50年以上年のひらいた同窓生交互の交歓が繰り返されました。六郷橋の手前に生徒たちの通過チェクポイントがあり先生方に挨拶し、後続の生徒(特に女子のトップ通過)を待ちました。例年はもっと手前で女生徒が通過するすのですが、今回は天気もよく気分良く歩けたためか、我々のスピードが少しだけ早かったようでした。
 六郷橋を渡り川崎側に戻り、いよいよゴールまで3~4㎞となり、続々と生徒たちが通過して行きました。5期生からは「若くていいなあ」、「可愛いねえ」の声が飛び交いました。歩行中の多摩高生の整然とした様子や声掛けに対する素直な反応に、我々は誇らしささえ感じました。味の素の工場を過ぎ、多摩川から大師参道に入り13時に全員がゴールし、川崎大師に健康祈願をした後、記念写真に収まり我々の大師強歩は終了しました。
 このあと、同級生の生家大師駅前の「福嶋屋」で美味しいお蕎麦の昼食と少しのビール・日本酒をいただきながら若き日の思い出話は尽きることがありませんでした。 (幹事:金作)
 第2次懇親会 川崎大師商店街の老舗 福島屋にて  第3次懇親会 川崎駅前 大衆食堂にて
 
  11月17日(日)に行われた「第28回神奈川県高等学校総合文化祭 放送・情報部門大会」で2年5組 宮崎光咲子さんがアナウンス部門7位になり、高文連会長賞を受賞しました。この結果、平成26年1月26日に行われる関東地区高校放送コンクール茨城大会に出場します。この部門は、地域の課題を自ら取材し、現場写真等を添えたニュース原稿として作成し、会場でニュースとして読みながら写真の説明を加えて発表するものです。 宮崎さんは、抱負と今後の進路について「上位入賞を目標に、精一杯頑張ります。」 「メディアに関心が有り情報関連の世界(活字を含む)を目指していきたい」と語りました。 
 多摩高校ワンダーフォーゲル部が2年連続で、第4回全国高校選抜クライミング選手権大会のスポーツクライミング部に出場することになりました。
 これに対し、11月8日 同窓会から激礼金を贈呈!
  ワンダーフォーゲル部   羽島唯(Hatori Yui)さん 2年
 【羽島さんのコメント】
 「満足した登りができるよう、頑張ります。応援をよろしくお願いします。」
 羽島さんは、12月22日から23日加須市市民体育館で開催される第4回全国高校選抜クライミング選手権大会に出場します
   3期生のハイキング倶楽部「さん歩会」は11年目に入りました。
平成25年は計6回のハイキング実施のほか、7月には有志で乗鞍岳(一泊)にも登りました。
昨年は発足10周年を迎え、例会の回数も66回を数えました。
66回は10周年を記念して箱根で一泊のハイキングを実施いたしました。今年は12月の総会の後、懇親を兼ねた忘年会を登戸で開催しました。来年も安全で充実した楽しい会にしたいものです。
「さん歩会」は今年も来年もちょっと元気に、チョットだけ頑張って歩きます。

多摩Ⅲハイキング倶楽部  
幹事長 岡本 恭一
記録  櫻谷 泰之


渋沢丘陵・頭高山(神奈川県)



富士山(箱根より)
平成25(2013)年
実施月 行 先
61 2月 長瀞・宝登山
62 3月 渋沢丘陵及び頭高山
 63 4月 関八州見晴台
64 5月 蘇我山(不動山)
65 9月 青梅丘陵雷電山
66 11月 箱根・屏風山、浅間山
OP 7月 乗鞍岳



ハクサンイチゲ(乗鞍岳)