2014年8月

【 開催日】 平成26年(2014) 7月20日(日) 午後1時からー3時半まで
【開催場所】 川崎駅東口・居酒屋「がんこ」
 多摩高二期生同期会開催報告
 
 
参加者は、桜井義英先生、古谷嘉邦先生、今込静子先生、西治夫先生

夫人光子さま、4名の先生方を含め合計34名となりました。

遠くは、名古屋、大阪から参加してくださった方もいました。

全員で、過去1年になくなった3名の方の冥福を祈ったあと、桜井先生の

ご発声で皆の健康を祝しました。その後は、全員各自が2-3分の近況

報告をしたあと、旧交を温めて懇談となりました。2期生は、みな、72-73歳

となっていますので、健康維持の話ですとか、孫の話が多く出ています。

その後は元気な人たちで、近くの「カラオケ店」に繰り込んでいます。

2015年は、11月29日(日曜日)に同期会を開くとの再会を期して別れました。

2期幹事・井浦幸雄
 多摩高第2期 同期を開催しました。
 開催日時: 平成26年(2014)7月20日(日)13:00~15:30
 開催場所: がんこ川崎店
 川崎市砂子2-6-7 044-230-2860
 第10回の多摩高4期同期会を下記の通り計画しましたので、多数の方々のご参加をお待ちしています。今回の会合は「楽しい・大きな笑い声」をサブテーマに企画しました。
 そこで、身の周りの出来事をテーマした川柳を募集しています。会を進行する中でご紹介を行い、会場の楽しい雰囲気を盛り上げていきたいと考えています。
 皆様のご協力をよろしくお願いします。
 
開催日時   平成26年10月18日(土) 12:00~
会 場   日本料理   柏屋
会 費   10,000円
幹 事   (3組)阿部 芳雄 042-592-6558 小川昇一郎 044-945-5044
宮崎 仁宏 044-722-7393 林 三 男 045-922-3924
 尚、詳細は各人宛開催案内(往復葉書)を参照ください。
  
 平成26年7月13日(日) 等々力球場
  多 摩 0010000010  2
  市立橘0110000001  3

   7/13(日)等々力球場 橘高校との第1回戦は、互いに譲らずも、残念ながら10回裏に橘のサヨナラ本塁打で惜敗。
  吹奏楽部もダンスドリル部も応援。例年以上に学生席も満席で声を枯らして大応援でした。

  (19期中島、24期柴野記)
 
 スタンドに詰めかけた多摩高OB  試合開始
 
 これだけは確実に言える。人生で一番楽しかった瞬間はあの1時間51分だったと。自分の高校野球人生に対しての答えはあの1打席に詰まっていると。

 2014/07/13 橘高校戦9回代打同点打を放った57期瀬尾くん手記

 多摩高野球部ブログより

 http://blog.livedoor.jp/tama_baseball/archives/1709361.html
 
 善戦むなしく敗れてしまったものの、多摩高野球部としてなんら恥じることはない。3年生全員を称え拍手を送る。お疲れ様でした。

 多摩高野球部ブログより
 http://blog.livedoor.jp/tama_baseball/archives/2014-07-15.html

 
 応援に集まった24期  同窓会長 安部さん
 野球部OB反省会 武蔵小杉「わり勘」
 巨大台風8号が沖縄に接近というニュースが流れる7月8日の東京は快晴。真夏の陽ざしが素肌を焦がすような天気だった。この日、防衛省市谷台見学を盛り込んだ、第23回お江戸散策を実施した。防衛省見学は、3週間前に見学者の住所、氏名、生年月日の申告を求められ、厳重なセキュリティの空気を感じた。9:30 省内に入ってからは、防衛省の係員の案内で巡回となった。防衛大臣、統合、陸、海、空各幕僚監部等国家防衛の中枢機関のある「庁舎A棟」やその他庁舎の説明を受けたあと、戦後、極東軍事裁判(東京裁判)の行われた「市ヶ谷記念館」へ入館。この建物は、新庁舎が作られるとき、取り壊しの予定であったが、日本歴史の中で重大な事件が関わっていることから保存され、記念館として残されたのである。館内には作家 三島由紀夫が自殺した「東部方面総監室」や陛下の休息所「旧便殿の間」などが保存されており、当時の様子を偲ぶことができる。江戸期、尾張藩上屋敷だったというこの地は、誠に広く、当時の大名屋敷の大きさを改めて認識した。敷地の東端部には、自衛隊が使用しているヘリコプターなどが展示されており、メモリアルゾーンには、自衛隊員の殉職者慰霊碑、終戦の日に自決した阿南陸軍大臣の慰霊碑などがあり、国家のために生命を捧げた人たちへ敬意を表さずにはいられない。市ヶ谷台の見学は2時間を超え、省外に出たときは、11時半を過ぎていた。
 市ヶ谷から、御茶ノ水に移動し、聖橋口に出て、ニコライ堂へ向かう。ビザンチン様式建築で、異国情緒に満ちたニコライ堂は、その鐘楼の鐘の音色とともに駿河台の人気スポットだが、折しも、われわれが着いた時に、鐘が鳴り出し、独特の音色を聞くことができて幸運であった。東京YWCA会館が近くにある。ここは幕末期日米修好条約批准書交換の遣米使節として渡米し、帰国後、幕府の中枢にあって、「横須賀製鉄所」の建設、横浜に「フランス語学校」の設立、日本最初の商社「兵庫商社」の設立などに尽力した小栗上野介の生誕地であり、屋敷があったところだ。国家の大事をした人物の屋敷跡も、その足跡や面影は感じられない。12時が過ぎた。昼食を明治大学 学生食堂で取ることにした。折しも、ピーク時、大食堂も混雑で、食事を取るまでに時間を要したが、現在の学生たちとテーブルを並べて食べられたのも一興であった。味はうまいと云う程ではないが悪くない。午後からは、明大博物館に向かう。大学博物館のなかでも、刑事部門では、江戸の捕物道具や拷問、処刑具などが展示されており、人権抑圧の時代の歴史を学んだ。また、同館内に、明大出身の作詞家 阿久悠の記念館がある。日本の歌謡曲の世界に金字塔を打ち立てた偉大な作詞家の足跡は、室内に展示されているヒット曲の一覧を見るだけで、曲が浮かぶ。レコード大賞に選ばれた曲をいくつも作詞しているのだ。。じっくり鑑賞して味わいたい所だ。明大本校の周辺には夏目漱石が学んだという錦華小学校大田道灌ゆかりの神社がある。現在でも、無病息災を祈る人々の篤い信仰に支えられている。ここから淡路町に向かい、左に折れて万世橋へ向かう。万世橋畔には万世橋駅という国鉄の駅舎が建っていた。神田と御茶ノ水の間にあり、駅間が近いことから利用者が減り、昭和初期に廃駅となった。駅舎はその後、交通博物館などに利用されたが、現在は、旧万世橋駅の赤レンガ高架橋の遺構を生かした新しい商業施設『マーチエキュート神田万世橋』になっている。次に、秋葉原電気街を通り、国電のガードを抜けて、右手に入る小道がある。まっすぐ進むと神田川を横切る神田ふれあい橋がある。正面には柳森神社の看板が大きく見え、川の下流には和泉橋が見える。江戸期には、この川の両岸には柳が植えられ柳土手と呼ばれる風光明媚な景観であったという。柳森神社に向かう。お狸さんと呼ばれて親しまれているこの神社は商売繁盛、出世開眼にご利益があるとされ、庶民たちの篤い信仰を受けていた。当社は江戸三森社の一つであり、今回当所を訪れたことで、三社散策達成となった。神田川を更に下って、隅田川に合流するところに柳橋がある。明治期には新橋とともに政治家、実業家、芸人たちに贔屓にされて大いに栄えたと云う。屋形舟が立ち並ぶ橋畔の風情からその面影をかすかに見ることができる。 (石井義文)