広報同窓生

同窓会報誌vol.26(2020年8月配布)に掲載された内容です。

特別座談会企画
―大学教員(卒業生)による多摩高校2年生への講義(専門分野)を終えてー(2019.11.14)


出席者
谷川章雄 早稲田大学教授(14期)
奥村晃博 昭和音楽大学教授(15期)
椎名 茂 慶應義塾大学招待教授(25期)
小林 至 桜美林大学教授(28期)
篠田英明 東京外国語大学教授(29期)
西田 究 東京大学地震研究所准教授(34期)
福田敏人 多摩高校学校長
安部卓見 同窓会事務局長(司会・9期)
柴野澄子 同窓会事務局員(記録・24期)




◆座談会の開催にあたり
安部 座談会を開催するにいたった経緯についてご説明いたします。
本年5月、母校から同窓会に講師推薦依頼がありました。11月に実施する「高校2年生への大学の先生による出張講義」を担当する卒業生の推薦依頼です。
多摩高同窓会は、会員同士の親睦交流を深め、母校の発展に寄与することを目的として活動していることから、卒業生(教授・准教授)の専門分野をリサーチし、学校が希望する講義内容とのすり合わせを何度も行いました。そして6名の方々に依頼をしたところ、有難いことに全員のご快諾をいただき、本日の出張講義が実現した次第です。
せっかくの機会ですから、本日の講義の内容などお聞かせいただきたく座談会を行うことといたしました。



福田 本日はありがとうございました。
教育推進校の指定を受けています。平成28年度から県立高校改革実施計画に取り組んでおり、多摩高校は神奈川県教育委員会から学力向上進学重点校のエントリー校(当初17校)の指定と理数教育推進校(当初5校)の指定を受けています。  
横浜翠嵐、柏陽、湘南、厚木の4校はすでに学力向上進学重点校の指定を受けており、多摩高校も次期の指定を目指して授業改善など県教育委員会が掲げる指標をクリアすべく努力しているところです。
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/dc4/prs/r5753403.html
 
理数教育推進校というのは、目標のひとつがスーパーサイエンスハイスクール(SSH)になることで、こちらに関しては、平成31年4月に文部科学省の指定を受けることができました。
私は、私立中・高の出身ですが、中学校3年間担任であった榊原滋先生をはじめ、元多摩高校教諭であった3人の先生の御指導をうけた経験があるため、多摩高に着任した時は、とても喜ばしく、運命を感じており、多摩高校のために頑張っている次第です。

安部 本日の大学の先生による出張講義の趣旨についてご説明をお願いいたします。
福田 多くの生徒が関心をもっている分野の先生をお招きして、講義をお願いしています。生徒は2つの講義が聴けるように希望をとっています。自身の将来の目標をみつけたり、学びに対する意欲を高めることを目的に毎年行っています。
その中で多摩高の卒業生、先輩に教えていただくということは、多摩高校の歴史と伝統というものを直接感じることができるとても良い刺激になる機会だと考えています。
 

◆講師の自己紹介
安部 それでは、講師の先生方の自己紹介をお願いします。
西田 稲田中学出身、合唱部でした。1992年4月、東京工業大学理学部地球惑星科学科が創設された年に入学し、おもしろそうだと思い専攻しました。専門としては、地震学です。途中から東京大学の地震研究所にうつり学位を取得しました。地震学といっても、災害の地震ではなく大気や海洋が起こす現象、どのように固体地球を揺すっているかに関しての研究をしています。
おかげさまで、2016年2月に日本学術振興会賞・日本学士院学術奨励賞を受賞しました
http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/2016/02/26/



 
谷川 生田中学出身です。14期です。(入学した1969年は、多摩高では理科棟封鎖が起った年です)卒業後、早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修に入学し、考古学を学び、文学部の大学院を経て、1987年に早稲田大学人間科学部創設時に教員になり、現在にいたります。
私は考古学の中でも江戸時代、近世の考古学を30年以上研究していまして、昔はマイナーでしたが、徐々に学界でも認められてきております。現在、東京ではオリンピック前、再開発の発掘調査が盛んに行われておりますので、発掘現場に足を運んだりしております。



小林 南生田中学出身、野球部でした。卒業後、東京大学入学し、六大学野球を経験。ロッテ・オリオンズ(現、千葉ロッテマリーンズ)の練習生を経て正式入団しました。3年間のプロ野球選手生活を終えた後、米国コロンビア大学にてMBAを取得。帰国後、参議院選挙に出馬、2002 年より江戸川大学助教授、2006年より教授となりました。また、孫正義氏との縁により2005年から2014年までの 10年間、福岡ソフトバンクホークスの取締役として、球団経営に携わってきました。
研究分野は、スポーツマネジメントで、江戸川大学、立命館大学、桜美林大学、テンプル大学、サイバー大学、テンプル大学の客員教授も務めております。今年の1月に早稲田大学スポーツ科学博士号も取得しました。



椎名 宮崎中学出身です。当時の宮崎中は15クラスもあり、校内暴力で荒れていました。多摩高は平穏な感じでよかったです。多摩高では、当時、「おたまじゃくし」と言った軽音楽部に所属していました。
同じ「おたまじゃくし」の一期上、24期の小早川氏(現、東京電力ホールディングス代表取締役社長)ともバンドを組んでいました。小早川氏の学生時代の自由な生活ぶりを知っているだけに、現在の大企業の社長ぶりには、驚いています。慶應義塾大学の理工学部卒業後、大学院はニューヨーク大学へ。米国で就職したかったのですが、当時のどん底の不景気でそれはかなわず、帰国し、NEC中央研究所に勤務。そこで、人工知能の研究をしました。その後、コンサルタント会社に転職後、PwCの代表取締役社長、KPMGコンサルティング 副社長をつとめております。
慶應義塾先端科学技術研究センター、AIセンターを創設する際に産学連携をアドバイスし、対象企業をコーディネートしたりしているうちに、訪問教授(客員教授)となることになりました。
昨年の同窓会報誌に寄稿することになり、事務局長の安部さんと飲む機会に「慶応義塾大学の教授になりました」と報告したら、じゃあ、今回の特別授業の講師になってほしいということになりました。
今でも本業はコンサルです。慶應義塾大学の方は、週1回の授業とAIセンターの運営に携わっています。



安部 同窓会報に多摩高在学当時の思い出として、多摩川を歩いて渡って、川向こうの販売機でジュースを買って、また川を歩いて帰ってきたエピソードを披露していただきました。
椎名 当時は本当に自由な学校ですから、授業の思い出はないです。多摩高は本当に自由で良かったです。
小林 人生で多摩高時代が1番自由な時間でした。部活動以外は何の制約もない時間でした。
椎名 私は、部活動が「おたまじゃくし(軽音楽)」ですから、部活動の制約がなく、全く自由な時間でした。
小林 多摩高は、教養を身に付けるところであり、受験対策をしたければ予備校など学外でどうぞという認識を先生も生徒も持っていたように思います。
3年時は、授業に出席するのは推薦入試で合格した数人だけ。その方々が全員分の(出席を)代返していました。もう35年前の話ですから、罰せられることはないですね(笑)。
安部 先日、椎名さんの25期同期会に参加させていただいた折、卒業生の大学教授として、母校で特別講師をすると話したところ、恩師が「あの椎名さんが・・・」と感慨ぶかげでした。
椎名 同期会で仲間に「サラリーマンをしている」と報告するとビックリされますが、学校の授業だと、朝、起きられなくても仕事となるとまじめにできるのです。
多摩高って自由な環境の中でも何かを学ばせてくれるところです。自分で自分の道を判断しなさいということですね。
欠席日数が多かったのですが、内申書には、担任の先生が「虚弱体質」と書いてフォローしてくれました。本当にいい学校でした。
今は、進路指導室という赤本(過去問)がたくさんおいてある部屋もあり、熱心に進路指導もしているときいて、びっくりしました。



奥村 生田中学出身です。多摩高卒業後、東京藝術大学音楽学部器楽学科ピアノ専攻に進学しました。とにかく高校時代は、1日8時間以上、ピアノ練習に明け暮れる日々なので、部活動は入らなかったです。そんなに練習に没頭できたのも多摩高の自由な校風のおかげだったと思います。今、考えてみれば、もっと(日本史を)勉強したかったなと思うことはあります。専攻がピアノなので、世界史(ヨーロッパ史)は西洋音楽などで勉強しましたから。卒業後は、シューベルト研究に没頭し、声楽専攻の妻と一緒に、ある意味楽しんでおります。昭和音楽大学には20代のころから務めておりますので、昭和音楽大学一筋で40年以上、がんばっております。(10年前にも多摩高で授業をした記憶があります。)他の高校にもよく出張授業に行きます。個性のある学校、おとなしい学校いろいろな学校がありますね。
多摩高は、「自分でやって、自分で責任をとる。自主性を重んじる」それがいいところですね。
安部 昭和音楽大学には、多摩高32期の福本信太郎准教授もいらっしゃいますね。
奥村 福本先生は、とても優秀で昭和音楽大学でサクソフォーン・指揮を研究分野にしております。サクソフォーンの演奏もすばらしいのですが、指揮者としての統率力、厳しい指導で有名で学生たちのレベルアップをはかっています。昭和音大の管楽器を担っている存在です。多摩高吹奏楽部にもコンクール前に指導したりしております。

篠田 29期生です。私も多摩高時代には「おたまじゃくし」に入っていました。同期にミュージシャンになった小沢健二がいました。彼は突出した才能を持っていて、強い影響を受けました。自分は音楽と全然関係のない仕事につこうということで、国際政治を専門にする学者になりました。
 大学で早稲田の政治に行き、大学院ではロンドン大学のLondon School of Economics and Political Science (LSE)でPh.D.をとりました。大佛次郎論壇賞、サントリー学芸賞、読売吉野作造賞などをいただき、今はそれなりに広範な執筆活動もやっていますが、もともとは世界の武力紛争と国際的な平和活動の研究を専門にしています。外務省委託事業で国連職員を養成するための事業「平和構築のための人材育成事業」の実施責任者を12年以上務めるなどの実務系の仕事もやっています。
 
 
 
◆講義内容と受講生の反応
安部 次に本日の講義内容と受講した高校2年生の様子などについてお話ください。
西田 普段、大学院生以上にしか教えていないので、悩んだのですが、一般向けの講演の内容にしました。地震計のデータをもってきて、早回しにして、音にして聞いてどういうものだろうということ生徒に聞いていって、いろいろ考えてみましょうという授業をしました。地震計というと皆さん普通の地震を想像すると思いますが、例えば、サッカーの国際試合での地面の揺れを取り上げました。カメルーン代表がゴールしたときのカメルーン国内の地震計の記録を見せ、多くの人が自宅で喜んで飛び跳ねた結果、国全体が実際に揺れていることを見せました。また、くじらの鳴き声を地震計がとらえて、生態を調べるということです。



地震学というテーマの講義なので、学生としては、想像していたものと違ったのかもしれません。こちらとしては、率直な感想とかリアクションを期待していたのですが、まじめに聞いてもらえただけで、大きなリアクションはなかったので、自分としては、もう少し違うアプローチ、準備もできたかなと考えているところです。質問はこちらから、聞くとありますが、自ら手をあげる生徒はいませんでした。もう少し受講生が多いと、もっと、活気のある授業になるかもしれないですし、事前に具体的に聞きたい内容のリクエストをいただければ、応じることもできると思います。生徒は今日の講義を進路として検討しているということで選んでいるのでしょうか?
福田 進路というよりは、関心があるという内容を選んでいると思います。
安部 講義の後、廊下を歩きながら、質問を受けられたりしているのをお見うけしました。
西田 限られた時間ですので、なるべく、生徒と会話しようと努めました。
想定内のレスポンスはありました。突拍子もないことを言い出してくる学生はいませんでした。



谷川 文京区に江戸時代の切支丹屋敷があったのですが、その場所を発掘調査していたら、18世紀の初めに日本にきたイタリア人宣教師のシドッチの墓がみつかったというお話をしました。
知り合いの人類学者を呼んでDNA分析したら、イタリア人だということがわかりました。切支丹屋敷に葬られたイタリア人は記録では、シドッチしかいないのですが、発掘された墓をどのようにしてシドッチのものだと結論づけたか、DNA分析、骨の特徴や身長の分析、さらに記録を調べて、シドッチだという結論にいたった道筋を話しました。それからシドッチの頭蓋骨から行った復顔も紹介しました。
当時の幕政の実力者、新井白石は、シドッチから得たヨーロッパの知識から日本は遅れているということを悟った。その後、吉宗の時期に漢訳の洋書の輸入を積極的にすすめたことが蘭学、洋学の基礎となっています。その入り口となったのがシドッチの尋問をした新井白石の考え方であったといわれています。シドッチは、使用人夫婦にたいして布教した罪で牢にいれられて、死にいたりますが、墓は切支丹の葬法を採用したということは、シドッチをリスペクトしていたということの表れであるというお話をしました。
受講生からは、とても良い質問がありました。
「発掘をしてから、その事実をつめるまでに何年かかりましたか?」 また、
「キリスト教徒が殉教していることがわかっているのに、なぜシドッチは日本にきたのか?」
なかなか良い質問で、多摩高生は、優秀だなぁと思いました。
頭蓋骨が残っていたので、復顔もしました。
考古学は発掘、発見自体よりは論理を組み立てて結論づけていく面白さがあるという話をしました。



小林 講義の内容は、まず母校に思うところを述べました。その後、専門分野であるスポーツ産業について、成長産業であること、どのような商品があるのか、ビジネスモデルについて解説しました。学生の反応ですが、1組目は、ほぼ無反応。もっとも日本では大学生もほぼ無反応ですから慣れていますが。2組目は「100憶ドル、1ドル100円だといくら?」と質問したら、「1兆円」とすぐに答えたのです。さすが多摩高生と思いました。というのも、この質問、ほとんどの大学生が答えられませんから。
安部 今の若者は、プレゼン能力に長けているともききますので、質問など活発にする生徒が多いのかなと思いましたが、無反応な場合もあるということですね。
福田 先生に失礼があってはいけないと、いろんな気遣いから、質問もしないようにする生徒が多いのでしょうかね。
小林 今の生徒は我々の頃に比べると真面目で進化していると思います。わたしが学生だった頃、先生に失礼かどうかなんてほとんど考えたことありませんでした。野球が生活の中心で、一年生の頃は野球部のしごきがひどくて、しょっちゅう学校を休んでいました。上級生になると今度は、授業中は部室でゴロゴロしていたりして、欠席したりしていました。



椎名 人工知能AIの話なのですが、一般向けのセミナーのさわりの部分をわかりやくお話ししました。また、どういう場面に使われているか説明し、皆さんだったらどういう場面に使うかを考えてもらいました。お互い考えた内容を数名同士でディスカッションさせて発表するという形式にしました。一方的に聞くと、ほぼ寝ちゃいますからね。最後に「自己責任がすごく重要な学校だよ」というのを後輩へのメッセージとして、説明しました。「自己責任」というキーワードのパワーポイントの資料を1枚用意して説明しました。生徒の反応は、最初に、「授業に参加するということは、質問をするということだよ」とプッシュして、「要するに授業でわからないこと、疑問に思ったことを教師に聞くということをモチベーションにしないと、授業に参加したことにならないよ」「1人1個質問を考えてくださいね」と最初にいいました。「特に大学に行ったら、もっとそういう意識をもってやらないと授業がとことんつまらなくなるよ」とも。それでも、授業の最後に質問は?と聞いたら、質問はなかったです。でも、授業が終わると近寄ってきて質問する生徒がいました。今、大人向けのセミナーでも同様ですね。みんなの前で質問するのは、はずかしいのでしょうか。
安部 60周年記念式典の時に多摩高27期森川氏(C Channel社長、元LINE社長)の講演の話で、イスラエルの母親は子供が学校から帰宅すると「今日は先生にいくつ質問した?」と聞くと。起業が盛んなイスラエルのように、自らが積極的に動くこと、先生も学校も活用していくポジティブな生き方が重要だという話でした。多摩高の入試には、面接試験もあるので、プレゼンも上手な生徒が多いと思いますが、やはり授業となるとむずかしいのでしょうか。
小林 これからの社会で大事なのは問題発見能力だと思います。要するにネタを見つけること、面白そうなこと、疑問に思ったこと、不思議に思ったこと、話せるネタ、いずれにしても問題発見能力が重要だと思います。今まで問題を解決の方法を教わってきましたが、これからは、問題解決はAIがやってくれる時代になるでしょう。人間の能力は問題発見に集約されることになってきます。多摩高生は優秀でしょうが、問題発見能力というものはまだまだむずかしいと思います。
福田 今、多摩高ではSSHの指定を受け、生徒による主体的な探究活動、課題発見に取り組んでもらっております。
小林 極端な話、制服、通学も自主性にまかせてみてはいかがでしょう。多摩高はエリート集団なのですから。学校や授業を強制し、一律のことをやらせていたら、問題発見能力は高まらないのではないでしょうか。
安部 野球では、チームで同じユニフォームをきていますが。
小林 野球はある種、受け身型の人間をつくるスポーツです。バント、走塁、監督の指示により動くわけですから、旧日本型のスポーツですね。
多摩高の自主性を重んじる良さを伸ばしていかないと、多摩高の人気がなくなってしまうのではないでしょうか。
福田 おっしゃるとおり、多摩高生の問題発見能力を高めるため、探究活動に取り組んでもらっています。主体性のある優秀な生徒が多摩高に来てくれるようにと願い、頑張っています。
多摩高は開校当初から、湘南高校をめざしていたと聞いていま
す。「西の湘南、東の多摩」と言われるような学校づくりを目指す。湘南高校も自主性を重んじていますから、多摩高も同じような校風を目指してきたことが多摩高らしさにつながってきていると思います。



奥村 ピアノが専門ですが、歴史とからめた授業にしてみました。グレゴリオ聖歌、宗教改革のヤン・フス、ルターなどの話をしました。

多摩高生はすごいなと思ったのは、カッチーニのアヴェ・マリアの楽譜を配布し、初見で歌ってといったら、ちゃんと歌っていました。みんな小さい声だと嫌だなと思っていましたが、大きな声で歌ってくれてよかったです。
音楽を勉強するには、歴史と地理も勉強しないと音楽を理解できないし、18世紀後半のベートーベンの時代以前はキリスト教と宮廷、教会とは切り離すことはできないという話をしました。歴史の話が多くなり、もう少し、音楽、ピアノ演奏が聴きたかった生徒もいるかもしれません。初見でアヴェ・マリアが歌えるというのは、多摩高生は優秀ですよ。多摩高は、意外と東京芸術大学に進学する人が多いんです。

篠田 大学の学部生向けにやっている「国際政治概論」と「紛争解決論」の授業スライドを見せて、「大学では授業はこんな感じ」、ということはやりました。ただ、今日は卒業生というステータスで来させてもらいましたので、できる限り対話に時間を使わせてもらいました。私の専門は「平和構築」という分野です。なぜ紛争が起こったのか、何が問題だったのか、という分析から始めて、その問題分析に対応した政策を見出し、評価していくのが、基本作業になります。開発援助や人道援助の活動の立案実施も同じですね。生徒さんから、スーパーサイエンス・ハイスクールでも問題解決型の学習が推奨されているとか、NGOの活動に関心があるといったことを教えてもらいました。問題発見・分析・解決のプロセスは、まあ、そもそも大人が真剣にやって泣いたり笑ったりしている事柄ですから、今日何かを体系的に教えた、ということはありません。ただ、「重要だよ」、ということは伝える内容になりました。




小林 多摩高は自由な校風、先生と生徒の垣根もひくかったですね。
安部 30期代はいかがでしたか?
西田 高校時代は、合唱部の思い出が一番です。理系の先生でおもしろい授業をする先生が何人かいました。今となってみれば、大学の授業の内容を高校の授業でやっているので9割の生徒はついていけず不評なのですが私にとっては面白い授業でした。そういう意味では、先生も自由な多摩高だったのかもしれないですね
小林 世界史の先生で「スパルタカスの反乱」に授業の半年をついやした先生もいました。先生の詳しい分野か興味のある分野だったのでしょうね。
西田 先生はわからないことを質問すると教えてくれました。質問しないと教えてくれないです。当たり前のことです。
小林 多摩高は公立中学、県立高校にくる子、規則に縛られてきたいい子がほとんどなのですから、高校で自由を覚えるということは大事なことだったなと思います。
椎名 受験制度があると、自由な校風ばかりでは、難しいですよね。
谷川 私のいる学部では、学生の出身高校を評価する際に、進学実績だけではなく、その高校出身の学生が大学時代にどういう成績をおさめたかも重視しています。大学生にもなれば自主性はあたり前ですが、高校時代から、自主性を重んじている学校の生徒は、大学でも伸びる傾向にあります。
逆に学校がお尻をたたいて、勉強をやらせるような高校の生徒は、伸びない。
福田 私どもも高校の勉強は大学に入るためにやっているのではないということを常に話しています。センター入試は5教科9科目あるのですが、最終的に私立大学に入るための入学試験には必要ないかもしれないが、将来のために勉強するのだと話しています。
谷川 われわれの時代には、地理の年間研究レポートというものがありました。1年生で400字詰め原稿用紙10枚のレポートを書くのは大変でしたが面白かった。多摩高20期の池俊介教授(早稲田大学)は多摩高の地理の授業を題材に論文も書かれています。その後の自身の研究に影響を与えた授業だったのだと語っています。
 

◆多摩高生へのアドバイス
安部 それでは最後に多摩高時代に習得しておくべきことを多摩高生にむけてお話ください。
奥村 自分で目標を決めて、人間は頑張れる時間は限られています。人によって、それが高校時代であったり、大学時代、また卒業後の社会人生活であったり、様々です。
自分で目標を決めて責任をもって頑張ることです。教師や学校のせいにしないことです。
椎名 授業の中でも言ったのですが、多摩高は相当自由な学校です。すべてにおいて、自己責任で考えて行動してくれといいました。考えているだけでは終わってしまうので、行動することと言いました。最後に、アラン・ケイというコンピュータの父と言われる人が言った言葉で「(未来は予測するものではない)未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」
要するに自分でつくりだせば、それが未来になるのです。新しいことをトライしてやってみよう!
小林 うさんくさい、いかがわしいは誉め言葉と思え。孫正義さんがいつも人は、自分が他人にどうみられるかを気にしすぎている。他人からうさんくさい、いかがわしいと思われるほどのことをどんどんやってみよう。それは誉め言葉なのです。
 
谷川 シンプルに言えば、好きなことを一生懸命やってください。10代の後半は感性がものすごくシャープなので、それを自覚し、かつ物事を深く考えてほしいです。
私がなしえなかったことばかりですが。
西田 自分の高校時代は、色々と悩みの多い時期でした。時間も十分にあるので、いっぱい悩んでいっぱい考えてください。
篠田 同じですね。悩みを持つこと。それに尽きるのでは。悩みを通じて、自分の能力の限界を痛感しつつ、同時に、それでもやってみたいことについて考えることができるようになるのでは。高校時代には決して答えは出ないでしょう。そこが辛いところ。しかし高校時代に悩んだ基盤がなければ、大人になって前に進んでいくことができません。
安部 本日はお忙しい中、先生方、福田校長先生、大変ありがとうござました。








 

多摩高のために、同窓会ができること 第2回

部活動OB会(縦)と同期会(横)のつながりで同窓会ネットワークを拡げよう




多摩高校時代の思い出、同窓会とのかかわり

柴野 昨年に続き、本企画の進行を担当させていただきます。今回は、部活動OB会幹事、同期会の幹事にお集まりいただき、同窓会活動の状況、学校や現役生のためにできることを話し合いたいと考えております。まず、自己紹介をかねて多摩高時代の思い出、同窓会とのかかわりについてお話ください。


                  














殿川 
同窓会長をつとめております。16期、写真部に所属していました。中学の頃からSLの写真を撮るのが趣味でしたので、暗室で現像できることが楽しみでした。暗室にいると近くでブラスバンド部のトランペットの音が聞こえてきたことを覚えています。
「行事の多摩高」ということでの思い出は、球技大会でバレーに夢中になったことです。生徒会の活動には参加するタイプではなかったので、まさか同窓会長になるとは自分自身も同期の仲間も驚いています。多摩高同窓会の職域部会「霞ヶ関会(中央省庁勤務経験者会)」で前同窓会長の安部さんにお声がけいただいてお引き受けいたしました。



椎名 剣道部OB会、多摩緑陽会会長をつとめております。
小さい頃、体が小さかったので、女子から「椎名くん、かわいい」と言われるのが屈辱でした。体を鍛えて見返してやろうと、中学で剣道をはじめると徐々に運動能力もついてきました。「よし!多摩高に入って、剣道をしよう!」と思って入学したのに剣道部がなかったのです。
そういうわけで剣道部を創りました。当時は大会や強豪校の情報もなく、ひたすら稽古に励む毎日で電車の中でも授業中も剣道のことばかり考えていました。私の青春は多摩高であり剣道部であったと思います。卒業後50年を経過しましたが、剣道部創部の精神を脈々とうけついできてくれた卒業生、そして現役部員に心から感謝を申し上げたいと思っております。
剣道の指導では、選手として活躍している子に目がいきがちですが、地道に努力している子への声かけが非常に大事だと思っています。
中学生の時、剣道の大会で他校の先生から、「君は七段になれるよ」と声をかけられました(当時は、まだ一級。現在、八段)。高段者になれるとは考えてもいなかった私にとって、その言葉が何か心に残って頑張ってこれたような気がします。また、「君は歳とってから大成するよ」と言われたことも覚えています。
部員の隠された可能性を本人が見つけ自らがそれを育てていくきっかけを作ってあげる、これが指導者、先輩の役割であると考えております。



北野 サッカー部OB会長、多摩高三田会(多摩高卒、慶應義塾大学進学者の会)の副会長をしています。サッカー部OB会は2年前に創部60周年記念式典を開催し200名が集まり、各期代表が寄稿した記念誌も作成しました。
年間行事として、毎年「初蹴り」としてお正月にOBと現役高校生で試合をしたり、現役生支援として強豪校と強化試合を企画しています。OBの中でも30代、40代の参加者が少ないことが悩みで、参加世代を絶やさないよう大学生世代ともLINEなどで交流しています。OB会のFacebookページもあり、頻繁に更新するようにしています。サッカー部OB会は「生涯現役」をテーマに「オーバー40(代)」、「オーバー50(代)」、「オーバー60(代以上)」、3チームの「多摩クラブ」を結成し年間を通じて試合をしています。
多摩高三田会は毎年日吉キャンパスで開催し、徐々に参加者が増えてきています。前回第3回は、日吉キャンパス内の国際学生寮を私の会社でてがけたこともあり、見学会も企画し、これからの大学のあり方、国際化に触れていただきました。
私の多摩高時代は、サッカー部ということで体育祭と球技大会が見せ場で、あまり自慢できる話はないのです。同期、OBで集まっても当時のバカ話に花が咲きますが、最近は、将来のこと、多摩高のこれからについて話すことができるようになっています。



堀内 40期、バトン部(現ダンスドリル部)です。ちょうど、40期の少し前から、外部の講師に指導していただいて、現在のようなチアダンスの大会に参加するようになりました。当時は1学年に15人ぐらいで、学年毎にチームを組んで活動し、2年生の終わりには引退でした。3年生では体育祭、主にCE(CreativeExpression)に専念していました。40期同期会の幹事をしています。前回の40期会に来賓として参加の安部さんに声をかけられたのが、本日参加のきっかけです。私も多摩高時代が楽しくて、大好きでしたので、家庭科の先生になろうと大学の家政学部に進学し、教員免許を取得し、多摩高の教員補助を務めたこともありました。その頃の多摩高生はチャレンジ精神が旺盛、活動的でした。
40期前後の代は働き盛りで多忙な子育て世代。私も小学1年になる子供がいます。
2016年に40期会を開催するべきか悩みましたが、恩師の方々の年齢も考えると早めに集まりたいということもあり開催し、結果約120人参加の大盛会。開催して本当に良かったと思っています。次回は2020年を予定しています。


森田 51期、目立ちたがり屋だったので、夏組の団長、野球部主将をつとめました。慶應義塾大学進学後も体育会野球部に所属しましたが、そこでは上のレベルを経験し、大学3年時に学生コーチという立場に転身しました。多摩高時代で印象に残っているのは、教科書にないことを教えてくれる先生です。自分の本来の授業を抜け出してそういう先生の授業を聞きにいったことを覚えています。
先月、卒業後10年目に、51期同期会を開催しました。早い人は家庭をもち、子育てをはじめている時期ということもあり、100人ぐらい参加を期待していましたが、60人参加でした。続けていくことで、参加者が増えていけばと思います。
私も多摩高が大好きで、野球部OB会、同期とよく集まっていますので、多摩高同窓会のお力になれたらと考えております。
現在、丸紅(商社)に就職して7年目です。英語力が重要だと感じています。海外の人に、自分の気持ちを言葉で伝えたいとおもうと意欲がわいてくると思います。


スーパーサイエンスハイスクール(SSH)指定校に
殿川 英語力の話がでたので、多摩高が文部科学省から平成31年度スーパーサイエンスハイスクール(SSH)指定校をうけたことについて、お話します。「科学的分野で国際的に活躍できる将来の人材」を育てよう、そのために特別なカリキュラムを実施していく学校に指定され、補助金もあります。具体的にはSkypeをつかって、海外の高校生とコミュニケーションはかるなどして実践的な英語力を強化していくようです。とても喜ばしいことです。
 
同期会の幹事決め
森田 高校卒業時に同窓会幹事を決めたのですが、今回の卒業10年目の同期会は卒業の時に決めた幹事以外の人が幹事となって開催しました。
堀内 私は卒業時に同窓会幹事を任命され幹事をやっています。40期でも幹事に加わってくれたメンバーもいますので、できる人が協力して幹事をしていくのが理想なのでしょうね。




 部活動OB会の状況 
柴野 今回参加いただいている野球部、サッカー部、剣道部は縦のつながりができていると思いますが、活動状況はいかがでしょうか?
森田 野球部OB会の事務局担当もしております。毎年2月の第1土曜日に行われる新年会には、野球部OBだけでなく、多摩高野球部を応援する同窓生が多数参加してくれていますので、ぜひ、皆さんも参加してください。
51期野球部は選手、マネージャで総勢18名いたのですが、久しぶりに全員が集まれる機会がありまして、感激で最後は駅ホームで多摩高校歌を大合唱してしまいました。
51期は長年、野球部監督をつとめた3期の故田中監督が最後に采配した期です。多くの方に慕われ、愛された監督でした。
北野 サッカー部OB会も20代~70代と幅広い年代がいますので、人集めの工夫はしています。先日20代、30代中心の試合を企画したところ、その年代が多く集まってくれました。
柴野 サッカー部、野球部ともに20代から40代の参加者少ないようですね。同期会からつながって、縦のつながりにも参加してくれる方が増えるとよいのですね。
椎名 部活動OB会と各同期の幹事が連携することにより、同窓会長が掲げる「同窓会ネットワークの構築」ができそうですね。
殿川 まさに、部活動OB会が縦のつながり、同期会が横のつながりを軸となるキーマンの方に拡げていただきたいです。


 
現役生の状況とOB会の支援
椎名 OB会の時に外部の方にお願いして高校生との合同稽古をしておりますが、多摩高生の礼儀、心づかいについて高い評価をいただいております。大変うれしいことであります。昔は先輩との接し方、挨拶の仕方など、細かく指導していましたが、今はそんなことしなくても、自然とできているからです。多摩高生は自分から気づきできる子がほとんどです。
柴野 部活動は、上下関係、礼儀を学ぶことも大事ですね。
椎名 部活動は良い成績を残すことも大事ですただ、私立の強豪校とは条件は違います。いい選手を集め、授業免除で練習をすることは公立高校にはむずかしいです。
野球部はどうですか?
もし、多摩高野球部が甲子園に出場することになったら、これは盛り上がるでしょう!
森田 中学生からは多摩高で野球をやりたい、多摩高の監督から指導を受けたい、親御さんにとっては野球も勉強もしっかり教えてもらえるという魅力的な学校、野球部のブランディングが大事です。
例えば「多摩高野球部に入れば海外へ野球留学が経験できる」として、良い選手が入学してくれるならば、OB会で支援していきたいです。
椎名 今の少年野球、サッカー、剣道も親子で頑張っているので、親御さんにとっても魅力的な多摩高になることが重要ですね。
森田 一昨年の夏大会で野球部は4回戦まで勝ち進み、テレビ神奈川の放送もあったので、かなり反響がありました。
盛り上がった時に情報発信するコンテンツも重要だと思います。これは良い選手をスカウトする際の武器にもなります。
柴野 学区制がなくなり神奈川県全域の中学生が入学可能になっていますから、魅力ある学校であることの情報発信は非常に重要だと思います。

同窓会を盛り上げるアイデア
森田 野球の予選は平日の場合が多いので、試合の様子をライブ配信すれば、興味をもってみる人、集まるOBも多くなると思います。
情報発信できるシステム、同期会(横のつながり)とOB会(縦のつながり)をつなげるための人材データベースなどのプラットフォームをつくれるとよいですね。まずは野球部OB会から取り組みます。
柴野 ある有名企業に就職希望でOB訪問の相談を受けたことがあります。2万人もいる多摩高同窓生の中にはその企業で働いている人がいるだろうとは思うのですが、ネットワークがないので紹介できないということがありました。
椎名 私は多摩高に来た際、古巣である剣道場に行き、50年前の自分に出会い、心が安らぐ思いを感じます。しかし、一般の同窓生はどこを訪れたらよいのでしょうか。旧校舎は残っていない。同窓生のための同窓会室があるといいなあと思います。
柴野 この座談会は多摩高の応接室をお借りしていますが、ここには、多摩高の歴代卒業アルバムが保管されています。多摩高内に卒業アルバムを見たりできる同窓生室があるとよいですね。




既存ネットワークを活かして
堀内 40期は2016年同期会時に120人参加のLINEのグループをつくりました。
同期の活躍をお知らせしたりしていますが、なんといっても次回の同期会開催の連絡がとてもスムーズになると思います。
柴野 同期会のネットワーク、部活動OB会ネットワークなど既存のネットワークを活かしていくことで同窓会ネットワークが実現できそうですね。

同窓会費、徴収方法
堀内 同窓会費の徴収は振込みだけですが、忘れてしまう場合もあるので、電子マネーを検討されてはいかがでしょうか。
殿川 現在は、コンビニ、郵便局の振込みのみです。多数の寄付をいただいている世代が高齢化しているので、財源不足の対策も検討して行く必要があります。そういったことを考慮すると若い世代にもご協力いただけるよう支払いのあり方等も検討する必要があります。

学校と同窓会との信頼関係
柴野 ところで学校と同窓会の現在の関係については事務局長の安部さんいかがでしょうか
安部 学校と同窓会の信頼関係が強くなっている話をさせていただきます多摩高の特別授業として、大学の先生を迎えて現役高校生に講義していただく企画があります。担当の先生から、同窓会経由でどなたかお願いできないかという相談をうけましたので、候補の方、6人にお願いしてみました。皆さんご多忙にもかかわらず快諾してくださいました。卒業生の母校に対する思いはとても熱いと感じました。
また、担当の先生も喜んでくださり同窓会への信頼もますますアップしたと思います。

若い世代の参加を
殿川 最後に、特に若い方に同窓会に参加してほしいです。
久しぶりの再会する人はもとより、多摩高出身という共通点があるわけですから、初めて話す人ともすぐに打ち解けられ、話題は尽きないです。

柴野 多摩高同窓会をもりあげていくためには、若い世代の力が大切ですね。ありがとうございました。多摩高の良さを伝えていく情報発信コンテンツ、また既存のネットワークを活かしてネットワークを拡げていくことを検討していきましょう。各同期会、部活動OB会にもご協力いただける方、よろしくおねがいします。




 

母校の発展のためには学校、PTA、同窓会の協力体制が必要です。
幅広い人材が集められる同窓会が担う役割は多々あり、さまざまな同窓生ネットワークを拡げていくことが重要です。




 

多摩高校時代の思い出、同窓会とのかかわり

柴野 本企画を提案しました柴野です。司会進行をさせていただきます。わたくしは同窓会ホームページ、Facebookページ「多摩高卒業生の集い」を担当しています。多摩高は私にとって自慢の母校なので、お役にたてることがあれば今後もさせていただきたいという思いがあります。同窓会が学校や現役生のために何ができるのだろうか、が本日のテーマです。まず、自己紹介をかねて多摩高時代の思い出、同窓会とのかかわりについてお話ください。





安部 ま ず 9 期会ですが、32歳になったころ、高校時代には付き合いもなかった2人から声をかけられ同期会をたちあげることとなり、これまでほぼ毎年 1 回計28回開催し親交を深めてきました。
一方、 15 年間休眠していた「全体の同窓会」は 23 年前に再建。会長となった森田氏のお手伝いをしたことから同窓会にかかわるようになり、副会長をへて7年前に同窓会長に、現在は事務局長をしています。
当時は真面目な高校生ではありませんでしたから、学校との連携をとるため母校にかくも足しげく通うことになるとは恩師・同期生ばかりか私自身も驚いています(笑)。




山田 現役時代は野球部に所属していました。部活と学校行事、合唱コンクール、球技大会などイベントの思い出がたくさんあり体育祭では秋組の団長をやりました。同窓会とかかわるようになったのは偶然のことで、安部さんと(同窓会とまったく関係のない集まりで)同席し声をかけてもらったことがきっかけで、野球部OB会に参加することになりました。年齢、仕事、立場に関係なく多摩高OBという一点で初対面でもすぐ打ち解けられ、回数を重ねるごとに親しさが増していきますが、これは同窓会に参加してみないと味わえないことだと思います。今日、久しぶりに母校を訪ねると、すれ違う生徒達から「こんにちは」と気持ちよく声をかけられ感動しました。この点は私の時代より良くなっています。

高山 3年前から同窓会副会長をしております。6人兄弟の4人が多摩高でお世話になりバレー部に所属しておりました。行事も部活も本当に楽しかったです。そういった活動を通じて、はじめて仲間意識とか人間関係が学べたと思います。30代で同期会を開催するようになりました。運動部仲間10人ほどで同期会をやろうということになり半年後に100人ほどの同期会を開催しました。32期は第二次ベビーブームで9クラス450人でしたから話もしたことがない同期生が半分はいたと思いますが、交流の輪が拡がり参加者に喜んでもらえました。



吉田 ハンドボール部に所属し秋組副団長でした。3年間、部活と体育祭などの行事に熱中する日々でした。大学卒業後、博報堂に入社し、仕事と子育てを両立させてきました。
48歳の時、丁度卒業30周年の節目でもあり、校舎建て替えの時期でもあったので、同期会を開催して久しぶりに集まりましょうということになりました。震災の後でもあったのでコンセプトは「絆」にしました。23期ホームページを作成し、参加を呼びかけた結果、180名もの同期生が集まり、交流が一段と深まりました。現在、同窓会副会長で昨年の総会の全体を仕切らせていただきました。

中島 体育祭では3年生の時に演技女子幹部でした。それまでダンスに無縁の生活をしていたため、踊りを作り上げていく作業はとても難しかったのですが、皆で協力して、一つのものを作り上げられたことは、自信になりました。
今は育児と仕事の両立中で、なかなか同期会活動に参加できておらず、Facebook等で多摩高時代の友達とつながっている程度です。卒業以来、母校をおとずれたのも久しぶりですが、この座談会に参加することで自分は何ができるか、イメージできたらいいなと思っています。

船木 59期、大学2年生です。現役高校生に一番近い立場でお話したいと思います。ハンドボール部で秋組の団長でした。体育祭は9月で、夏休みに準備のため登校することもありましたが、あらかじめ、きっちり予定を組んで準備していましたから勉強との両立はまったく問題ありませんでした。良い大学に合格している人は勉強も行事も両立させていました。ちなみに59期の体育祭団長は全員現役合格しています。


 
山田 メリハリをつければ両立できるでしょうね。
吉田 昨年、体育祭の審査員をして感じたのですが、生徒数が減っているのに競技種目が増えているから、1人1人にかかる負荷が増えているのかなと。
高山 熱心な生徒に負担がかかるというのはあるでしょう。体育祭のときに髪を染めるということがあるようですが、何事も大切なのは切り替えです。多摩高生はそれができると思います。


 

同窓会の入会状況について

柴野 同窓会への入会は任意ですが59期の入会状況はいかがでしたか?
船木 全員が加入しました。同窓会は年配者の集まりというイメージがあります。若者が参加しても居場所がないのではという思いがありますので、若い参加者が増えていけば同窓会のイメージが変わると思います。
柴野 船木さんの役割は60期以降の卒業生に同窓会のアピールをしてもらうことでしょう。
安部 同窓会活動について、学校・PTAの皆様方にご理解いただいていることから、卒業時の同窓会への加入もスムースにすすんでいます。この場を借りて感謝申し上げます。これを一例として、円滑な同窓会運営のために、日頃から学校・PTAとのつながりを密にすることに努めています。

同窓会のさらなる活性化にむけて

柴野 同窓会活動は無理をしてはダメです。我々バスケ部は最近、24期を中心に22期~26期のOBOG会を開催しています。無理な勧誘、幹事の負担が大きい会は長続きしないと思います。

中島 先生方は異動で転校され、PTAの方々も在校生の卒業とともに多摩高を離れるわけで、ある意味、継続的に多摩高を見守れる立場にあるのが同窓会だろうと思います。41期の同期会は開催されてないと思います。同窓会は子育てがひと段落したとか、自分の時間が持てるようになった世代の集まりのことかなというイメージがありますが、これを機会に同期の友達に連絡してみようかなと思っています。
柴野 山田さんは「多摩高霞が関会」に所属していますが、メッセージをお願いします。

山田 多摩高卒業して国家公務員となったメンバーで構成されていますが最近、若い人が続々、参加してくれています。まだ加入されてない方は遠慮なく参加していただきたいと思います。
野球部OB会では大先輩からいろいろな知恵と経験を教えていただいており、自分の人生をより豊かなものにしてくれると実感しています。




高山 30期代は同期会を開催していない期が多いと思いますが、ぜひ同期会を開催してください。職場や家庭のつながりから飛び出してみてください。すばらしい出会いがあるはずです。さらに世代を超えた集まりである同窓会にも参加してみてください。2万人の同窓会の皆さんとつながってください。
柴野 高校時代に親しかった友人と疎遠で、知人もいないという理由で同窓会への参加を躊躇されている方が多いと思いますが、初めてお会いする方ともすぐ打ち解けられますし、新しいつながりが始まります。
吉田 広告会社に勤務していますが、広告業界は多摩高出身者が多いのです。体育祭などの行事を通してモノを作ったり応援などの演出をしたりと様々なクリエイティブやプロデュース体験をしていて、その思い出が楽しくて、それを仕事にしたいという人が多いからです。多摩高出身というだけで人のつながり、ネットワークが拡がって、仕事がやりやすくなる面があり、多摩高がくれたプレゼントだと思っています。今は、後輩たちにもこのネットワークをプレゼントしていきたいと考えています。
高山 勉強だけでない将来役立つプロデユース力、クリエイティブ力を養える、これも多摩高の魅力ですね。




山田 そういった多摩高らしさのイメージは1期から現在まで受け継がれていて、皆、誇りに思っているのではないでしょうか。
吉田 新校舎が完成し創立60周年を迎えたこの時期に、いままでの良い伝統は守りつつ、いろんな事にチャレンジして新たな多摩高としての歴史を積み重ねていって欲しいと思っています。
船木 「多摩高稲門会」(多摩高から早稲田大学に進学した卒業生の集まり)をつくる準備をすすめています。すでに発足している「多摩高三田会」(慶應義塾大学進学者の集まり)にならって会員間の親睦をはかって、多摩高の発展に貢献したいと思っています。早稲田大学を目指す後輩にアドバイスもできるといいなと考えています。




安部 同窓会は「会員間の親睦交流をはかり」「母校の発展に寄与すること」を目的としています。この座談会の参加者でわかるとおり同窓会会員の「年代(1期~60期)」も「生活環境」も「同窓会へのかかわり方」も様々ですから、それぞれの立場で無理なくできることをして頂ければよいのではないでしょうか。まずは同期会・部活OB会・職域会・支部会・進学先OB会に気軽に参加して頂いたらどうでしょうか。
同窓会がさらに活性化すれば学校への人的・物的支援が可能になります。たとえば今年4月、新1年生への講演会の講師依頼(鳥海光弘東大名誉教授・7期生)、全国大会等出場の部活・在校生への支援、教育施設を拡充するための「まなびや基金」への協力などです。

柴野 皆さん、ありがとうございました。同窓生が集い、多摩高時代の思い出を語りあいながら、同窓会ネットワークを拡げていく。これこそが「多摩高のために同窓会ができること」の第一歩なのですね。



特別座談会企画:多摩高のために、同窓会ができること(同窓会報誌vol.24掲載 2018.05.05)





 



 母校の歴史と同様、60年余の連載の歴史をもつ人気連載シリーズに初めて多摩高校の卒業生が登場しました。3年7組で多摩高ライフを謳歌した20期生の川村健一横浜銀行頭取、ピアニストの国府弘子さん、鎌田弘之明治大学理工学部教授の3人。1978年卒業。
 名物連載「同級生交歓」に登場する学校は名門校ばかり。今回、母校と同時掲載されているのは灘高校と都立西高校。県内有数の進学校として社会で活躍する多くの卒業生を輩出してきた母校が全国的に知られることとなりました。



文芸春秋(10月号)「同級生交歓」にOB・OGが初登場


 母校の歴史と同様、連載開始から60年続いている

 名物連載に多摩高卒業生が掲載されるのは、はじめてこと。

 登場するのは川村健一横浜銀行頭取、ピアニストの国府弘子さん、鎌田弘之明治大学理工学部教授。

 20期・3年7組で多摩ライフを謳歌した3人。

 8月16日、母校 での撮影では「アベック通り」か 「正門前」か 、3人が悩みましたが・・・

 9月10日発売の同誌 をお楽しみに。

 コメントは国府さんが書いてくれました。


 

 

Q1  演じた幸村の兄・信幸(大泉洋)の妻「こう」は病弱で、数話で出演が終わるともきいてましたが。
A1  当初の出演依頼は数か月の予定でしたが、終わってみれば3話から49話まで(すべてにではないですが)出演しました。

Q2  三谷幸喜さんの作品ははじめてですか?
A2  これまで三谷さんの演出の舞台作品に2回出演しました。

Q3  ストーリーはどのくらい先まで俳優に知らされているのでしょうか?
A3  台本は出来上がるたびごとに、大体3話先程度までが渡されました。どのように話がすすんでいくのかは、誰にもわかりませんでした。出番がいつになるか、気を張り続けた1年でした。

Q4  撮影はどのようにおこなわれるのでしょうか?
A4  基本的に渋谷のNHKのスタジオ内で、同じセットを使って数話まとめて撮影を行いました。朝から晩までが基本パターンでしたが、ときには深夜ということもありました。
リハーサルの服装は俳優によってまちまちです。Gパンだったり、浴衣であったり自由でした。本番用の衣装・メイクなどの支度には一時間程度かかります。
リハーサルは月曜日でしたが、終盤になるにしたがって、三谷幸喜さんの台本の出来上がりが遅くなり、リハーサルなしで撮影することもありました。

Q5  「こう」を演じた感想をきかせてください。
A5  実在の人物で幸村の父、昌幸の兄の信綱の娘です。ただ、人物像はまったく明らかではなく、最後がどうなったのかもわかりませんでしたから(一応40代後半で亡くなったことは分かっています)、病弱でせき込む演技など、役作りでは三谷さんに指示された志村けんさんのコントなどを研究し、工夫しました。放送後、SNSなどの反応は早くて楽しくもあり、恐ろしくもありました。

Q6  「こう」が夫の信幸(大泉洋)と抱き合って泣くシーンがカットされたとか聞きましたが。
A6  「こう」が離縁された際、そのシーンの終わりに夫と抱き合って泣くところが三谷さんの台本に描かれていたのですが、編集でカットになりました。1話45分ですからその範囲に収めるため、いくつかの台詞は大抵カットせざるを得ないものです。演じた役者としては残念ですけどね。

Q7  演じきった役者さんの気持ちとはどういうものですか?
A7  役者は演じるにあたって演じる人物のお墓参りをしたり、故郷を訪ねたりして、役への想いを深めていきます。
私の役もお墓も分かっていないけれども、実在人物ではありますので、撮影前に真田の里を訪れて、その雰囲気を体に染み込ませました。そこから1年にわたり演じるので、役と共に歩み、悲しみや喜びなど、自分のもののように思い込んでいたので、撮影が終わったからと言って、すぐに忘れられるものではありません。
私以外でも、たとえば片桐且元を演じた小林隆さんは秀吉の直参であったにもかかわらず、結果的に豊臣家を裏切り大坂落城の6月後に無念のうちに謎の死をとげますが、小林さんは片桐且元の魂をしばらく引きずるのではないかとおっしゃっていました。
共演した堺雅人さん草刈正雄さんはじめみなさんドラマが終わったことに寂しさを感じているようです。

Q8  今月の6日間、上田市でトークイベントが開催されましたが、その様子をお話ください。
A8  県外や市外からも多くの方が抽選に応募されて、大変盛り上がりました。私はMCだったのですが、毎日出演者が日替わりゲストで入れ替わるので、気が抜けませんでした。おかげで、お客様は大喜びしてくださり、最終日のパブリックビューイングに向けて、どんどん熱が高まっていったように感じます。
大河ドラマをこんなふうにみんなで盛り立てて行くなんて、前代未聞のことだと思うし、この「真田丸」は全国のイベント的にも、SNSでの広がり的にも、新しい試みがうまくマッチして、社会現象にまでなっているのではと思います。

Q9  俳優をめざしたのはいつでしょうか?
A9  多摩高校の文化祭で創作劇をおこない仲間を集い脚本を書き上演しましたが、その時期からプロを目指そうかなと考えだしました。在学中に先生の紹介でプロを目指している方の話を聞く機会がありましたが、俳優の道はとても厳しく成功する保証は全くないので断念したほうがいいと言われました。私も今、俳優志望の若者に聞かれれば、老婆心ながら、まず一度は考え直した方がよいと言うと思います。生半可な気持ちで続けて行ける職業ではありませんから。
早稲田にはいってから文学座に所属し俳優の道を歩み始め、小劇場で演技するようになり、続けて行く確信を得たものの、その後特に映像の世界に入るようになってからは、やはりその道は険しく困難の連続でした。

Q10  ロンドン留学のときのことをお聞かせください。
A10  文化庁芸術家在外派遣制度で95年に1年間、演劇を学びにイギリスへ行かせていただきました。当時、イギリスではフィジカルシアターのウェーブが盛んになって来た頃で、そのワークショップに参加するのは面白かったのですが、それ以外のシェイクスピアなどはやはり言葉の壁が厚くて、1年の留学ではなかなか難しく、入口だけ垣間見て帰らざるを得ない感がありました。しかし、世界各国から学びに来ている若者たちと触れ合ったり、日本にいるだけでは絶対会えないイギリス演劇界の人々に会えたのは収穫でした。

Q11  最後に多摩高校の思い出をお聞かせください。
A11  卓球部の練習は、俳優として活躍する基礎体力をつくってくれました。自由な校風も忘れられません。女優としての活動の原点は、さきほど述べた文化祭での活動にあったと今にして思い知らされています。
 (平成28年12月20日、於:東京三田倶楽部・聞き手/安部同窓会長)

毎年発行している多摩高同窓会報誌のバックナンバーを公開しました。

今回は、1996年(平成8年)発行の創刊号 ~ 2012年(平成24年)発行第18号の一挙公開です。
https://www.tamadou.jp/?page_id=682

第9号には、小林至さん(28期生東大卒プロ野球選手)、第12号には、矢島悠子さん(43期テレビ朝日アナウンサー)ほか、数々の著名人にも寄稿していただいてます。
今後、同窓会報誌に寄稿してもらいたい同窓生(自薦他薦問わず)のご希望もお寄せください。

2013年版第19号以降も、順次公開予定です。2016年版は、7月初旬より同窓生の皆さまに配送予定です。
同窓会報誌が届いてない方は、こちらをご覧になっていただき、連絡先(配送先)を登録お願いします。

同窓会会報誌は届いてますか?(連絡先登録お願い)

https://www.tamadou.jp/?p=650

 


今年の箱根駅伝の立役者である前野陽光さん(53期、早稲田大学競走部4年生)、脇田のどかさん(55期、青山学院大学陸上競技部マネージャ3年生)が同窓会、現役高校生に向けてコメントを寄せてくださりました。

前野陽光さん(53期、早稲田大学競走部4年生)からのコメント

 多摩高校・早大の先輩である矢澤曜さん(50期)(箱根駅伝4年間出場・1年生で区間賞)を目標に、箱根を走ってチームで優勝することを目指してこれまで活動してきました。神奈川県の高校長距離のレベルは決して高くはなく、高校で競技を引退する選手が多くいました。そんなこともあり私は、自分のように一般入試で大学に入った選手でも活躍できるという事を、今の高校生に示したいという想いでやってきました。

4年生の今回はじめて箱根駅伝の16人のメンバーに選ばれ7区にエントリーされましたが、当日、エントリー替えとなり、結局、私は一度も箱根を走る事は出来ませんでした。4年間を振り返ると悔しかった事の方が多かったですが、レベルの高い大学部活動の環境では学ぶ事もたくさんありましたし、高校までと比べてもまた一段とやりがいを感じながら競技する事ができました。4年間挑戦して本当に良かったと思っています。現在高校生である学生の選手のみんなにも、将来是非高みを目指して競技して欲しいと思っています。


前野陽光さん(53期、早稲田大学競走部4年生)



脇田のどかさん(55期、青山学院大学陸上競技部マネージャ3年生)からのコメント

  私が大学でも陸上競技に携わりたいとマネージャーになる決意をしたのも、多摩高校陸上競技部での3年間があったからこそです。自分が競技者であった経験を生かし、選手目線のマネージャーになれるよう日々心がけています。
 第92回箱根駅伝に向けても緻密に計画を立てたり、当日の行動予定や役割分担などの細かな確認をしたりと女子マネージャーならではの仕事でチームに貢献しました。全部員がそれぞれの立場で責任を果たした結果が今回の優勝に結びついたと思います。
 最上級生となる今年は、リーダーシップを発揮し、マネージャー間の連携をさらに深めチームをまとめ上げたいと思います。


右が脇田のどかさん(55期)
左は多摩高陸上部の1年先輩・山田千晶さん


お忙しいところ、寄稿いただきありがとうございます。
これからも頑張ってください。応援しています。 
多摩高同窓会一同






 山田清機さん(24期)の新刊が上梓されました。

 同窓会報(2014.7.1)に「久間木先生のこと」というユニークなエッセイを寄稿された、ノンフィクションライターの山田清機さん(24期)が、12月18日に新刊を上梓されました。

 『東京湾岸畸人伝』(朝日新聞出版)。東京湾岸で生きる人々の“生き様”を活写したノンフィクション作品です。
前著の『東京タクシードライバー』(朝日新聞出版)は昨年の新潮ドキュメント賞の候補作になっており、ますますの活躍が期待されます。

(ご参考)amazonのリンクはこちらです。 
http://www.amazon.co.jp/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E6%B9%BE%E5%B2%B8%E7%95%B8%E4%BA%BA%E4%BC%9D-%E5%B1%B1%E7%94%B0%E6%B8%85%E6%A9%9F/dp/4023314676/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1449915785&sr=1-1





Facebookページ「神奈川県立多摩高等学校 卒業生の会」のご紹介をします。
https://www.facebook.com/tamakoukou

SNSによる情報共有のしやすさを活かし、同窓会ホームページよりも気軽に、同窓会情報、現役生の活躍情報の共有に利用していければと考えております。
Facebookに登録していない方も閲覧することができます。


コメントを投稿したい場合は、登録が必要になります。
https://ja-jp.facebook.com/

同窓会情報、卒業生の活躍、功績など、気軽に投稿してください。

登録されている方は、左側「いいね!」をしていただければ、自分のタイムラインに記事が掲載されます。