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2015多摩高校五期同期会 |
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| スライドショー |
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2015多摩高校五期同期会 |
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| スライドショー |

| 平成27(2015)年 | ||
| 回 | 実施月 | 行 先 |
| 74 | 2月 | 高取山・聖峰 |
| 75 | 3月 | 岸根森林公園・港の見える丘公園 |
| 76 | 4月 | 大山古道 |
| 77 | 5月 | 大野山 |
| 78 | 6月 | 倉岳山 |
| 79 | 10月 | 鋸山 |
| 80 | 11月 | 三浦冨士 |
| OP | 7月 | 高峰高原・池の平湿原 |
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| 富士山遠望(イタリア山庭園・横浜市元町) |

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司会・進行役の横山陽子さん、天野明彦君のコンビ、初めは二人とも緊張していましたが、すぐに普段の話し方となり、会が和みました。司会・進行のお蔭で楽しい3時間が瞬く間に過ぎてしまいました。ご苦労さまでした。 |
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亀甲邦敏代表幹事の挨拶: “60歳を12年過ぎ、次の一回り、12年後まで皆さんと楽しい同期会が続くよう祈念しています” (余談ですが:彼が現在テレビで見ます“気象予報士”の基を作成しました) |
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恩師の古谷嘉邦先生の挨拶:菜園を趣味として、齢80を過ぎ膝の負担を軽減すべく耕運機を購入した。健康寿命の延長に心がけています。 |
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清水秀紀同窓会副会長(三期生)の挨拶:今年入学生は第60期生、卒業生は約19,000名となり、同窓会のネットワークを拡充させ世代を超えた会員間の親睦・交流を活発化し、もって部活動への支援など母校発展に今後とも三期生皆さんの貢献をお願いします。 |
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乙守公子さんの乾杯の挨拶: ベルギー48年在住の乙守さんがフランス語の習得に一日6時間勉強したこと、これからこの楽しい三期会開催に合わせて帰国し参加します。 |
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白川慶子さんの健康維持増進の為3年前から始めた太極拳を約5分披露しまた。彼女の無我の境地で音楽に合わせてゆっくりとしかも、手の先まで緊張した動作に感心の目で見とれました。 |
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今回の第14回幹事の紹介:亀甲代表幹事以下、各幹事が協力し合い成功裏に会を楽しく終了したこと及び参加して下さった皆さんに感謝申し上げます(写真には受付中の塚越君、岡部君がおりません)。 |
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和田垣勝哉君指揮のもと校歌斉唱: 校歌を歌うといつも走馬燈のようにあの楽しく・甘酸っぱい青春や高校の周囲の風景・、多摩川、梨園や桃畑を思い出します。 (和田垣君は現在も早稲田大学の早混OB・OG合唱団で活躍しています) |
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応援団長の池上君が三期会の今後とも長く開催されることの応援として、また野球部岡部君のホームランがあったら法政二高を破り甲子園に出場できた”とのたら・ねばの話と彼の術後の順調な快復にエールを贈りました。(昭和35年夏選抜高校野球県大会で法政二高に一度は追いついて、負けました、この年に法政二高は柴田投手を擁して全国大会で優勝しました)。 |
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最後に白川さんから閉会の挨拶:日本の40兆円の医療費軽減に皆で寄与するために健康で過ごしましょう、また来年もお会いしましょうと元気な挨拶で会は散会しました。 |





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| 好天に恵まれた11月21日(水)第5回鎌倉ウォーキングを実施した。9:30 参加希望者8名が北鎌倉に集合し、駅前にある鎌倉五山第2位に寺格をもつ円覚寺から散策をスタートした。小学生のころから、幾たびか訪ずれたことのある寺であるが、きょうも門前に小、中学校の生徒さんたちが集まり、見学をするところに出会った。聞けば栃木県小山から5時半に出てやって来たという。われわれもそういう時代があったなと懐かしく思った。 まず、伏見上皇直筆という山門に掲げられた扁額を見上げ、その前で記念写真を収めた。円覚寺は見どころが多く、仏殿にある本尊宝冠釈迦如来像、天井画「白龍図」には感動を覚える。塔頭 正続院にある国宝舎利殿、北条時宗の墓所仏日庵、夢窓国師の塔所黄梅院、夏目漱石ゆかりの帰源院などそれぞれ趣があり、国宝の巨大な洪鐘を目の当たりにすると訪れ甲斐を感じる。円覚寺から鎌倉街道を北に向かって歩むと信号3つ目に「光照寺」とある。光照寺は藤沢にある時宗総本山遊行寺の末寺で、山門の欄間にはクルス紋が掲げてあり珍しい。同寺には江戸幕府から取り調べを受けたキリシタンに対する文書が残されているという。寺を出て、元来た道に戻り、横須賀線を横切る道に入ると多くの高校生が歩いてくる。県立大船高校の学生とのこと。何となく多摩高生の雰囲気を感じた。大船駅に向かう道を歩きながら時刻を確かめると11:35になっている。少々、早いが昼食を取ることにした。ランチを頼んだが想定以上に安く美味しかった。 |
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| 食後の最初は、建長寺を開山した蘭渓道隆が、鎌倉で最初に入山したという常楽寺を訪れた。この寺院の山号は粟船山といい、大船の名はここから生まれたという。常楽寺本堂裏には、第3代執権北条泰時の墓がある。鎌倉時代でもっとも安定した政権を造った権力者の墓とは思えない質素なものなのには驚いた。この裏山には、頼朝の長女大姫の許婿でありながら、頼朝に殺された木曽義仲の長男義高の墓と云われる小さな祠がある。義高は12歳であったという。この一件で、大姫は心を病み、体も衰弱して若死にしたと云う。これより大船駅方面に向かう。横須賀線、東海道線の踏切を越えて、柏尾川に架かる戸部橋を渡った正面に「玉縄首塚碑」がある。玉縄城を守る北条氏と安房から攻めてきた里見氏との間に激しい戦が行われ、この戦で亡くなった北条側兵士の墓である。このとき墓前に植えられたという榎が今日大木になって聳えている。ここから10分ほど南下したところに、県立フラワーセンター大船植物園がある。晩秋とは思えないほど色彩豊かな草花が咲いていて、こころを和ませてくれた。園内には様々な花壇があり、季節の花が一年中絶えることなく咲いていた。この植物園の自慢は「しゃくやく」で、現在、200品種、2千株と全国一の規模を誇っていると云う。植物園から西に向かいトンネルを抜けると、右手に玉縄北条氏の菩提寺龍宝寺がある。寺院の背後が峻険な山に囲まれている要塞のようで、正面の山門をくぐると堅城の中に入ったような雰囲気を感じる。広い境内には、重要文化財に指定されている江戸時代中期の名主石井家の住居が移築されている。龍宝寺の南西にある小高い丘が「玉縄城」があったところで、江戸時代初期、一国一城令で廃城となったが、この地は三浦半島の付け根にあたり、地政学上の要所で、幕末期、老中松平定信は、外国に攻められたときの防衛前線基地として重要な場所と判断し、数千人を配置する城を築くことを計画されたという。現在、城址は清泉女子学園の学舎、校庭になっている。事前に、学園に許可を取って敷地内に入らせてもらい、往時の城址を見学した。中世の山城の形態が残されていて大いに勉強になった。校門の外にバス停があり、ここからバスで大船駅まで帰還することにしたが、折しも下校時に重なりバス停は女学生で溢れていた。満員バスに立ちぱなしを覚悟したが、女学生たちが、われわれを最初にバスに乗せてくれ、座らせてくれた。これまで19,000歩余り歩いて来て、疲労していたのでこの温かい心使いには感謝、感激だ。ウォーキングの最後に、大船観音寺を訪れる予定であったが、駅前から望める高さ25mの大船観音を拝観させていただき、本日はお開きとした。このあとは、のどを潤すべく大船駅東口にある居酒屋に入り、本日を振り返りました。 (石井義文) | |
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| これより反省会 | |









