OB・OG会

多摩高校野球部63期手記③ マネージャー 仲間綺海


 1回戦突破して今までずっと応援してくれていた、支えてくれていた保護者の方たちに皆のプレーする姿をテレビで見ていただきたかった。結果で恩返ししたかった。

 結果としては負けてしまったが、今まで選手全員がどれだけ頑張ってきたかを見てきた私は試合後負けてしまった、終わってしまったというよりも最後に試合を、皆が今までやってきたものを発揮する場を用意していただけて本当に良かったと思った。

 これまでの2年半はもちろん楽しいことや嬉しいことも沢山あったが、大変なことも多かった。しかし、引退後部活が自分の中でどれだけ大きいものだったのかを実感した
 野球部のマネージャーを選んでよかったと強く思った。
 
 これまで野球部に関わり応援してくださった方々には感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。
63期マネージャー 仲間綺海





















 
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多摩高校野球部63期手記② 副主将 園原正樹 


野球部を引退した今、夏の神奈川県大会が開催されて本当に良かったと改めて思う。

 新型コロナウイルスの影響で春季大会は中止になり、休校期間中は、あるかも分からない神奈川県大会に向けて自主練習を続けるべきか、勉強に専念するべきか悩みながら過ごした。そのような状況の中で神奈川県大会の開催が決まった。大会出場の判断は各学校に委ねられていたが、僕たち63期は全員一致で大会にトーナメントで出場することを決めた。

 大会初戦は横浜スタジアムで行われた。試合展開は序盤から劣勢だった。僕は3番打者として、なんとか早い回でランナーを返したかった。しかし、結果は打点1。クリーンナップとしての役割を果たすことが出来なかった。自分の前にランナーは出ていたのに、なかなか返すことが出来なかった。もっと打点をあげていたらと、今さらながら思ってしまう。一方で、63期10人全員が横浜スタジアムでプレーできた事は本当に良かった。しかも、代打や守備固めのみの出場ではない形で。2年半一緒に頑張った仲間が周りにいる中でプレーできて、安心したし、心強かった。横浜スタジアムという最高の舞台でプレーできたこと、63期全員で戦ったことは新型コロナウイルスによる大きな影響を受けた僕たちに、野球の神様が恵んでくれたものだと言えるぐらい、僕たちは恵まれていたと思う。

 ただ、もっと63、64、65期で野球をやりたかったし、63期のマネージャーや、今まで指導してきてくださった先生やコーチの方々、いつも応援してくださった保護者の方々に勝利という結果で恩返しをすることができなかったことは非常に申し訳なく思う。

 多摩高野球部の2年半で良いことも悪いこともたくさん経験したが、それら全ては多摩高野球部での思い出として、一生忘れることは無いと思う。一生の思い出を作ることの出来る、高校野球の素晴らしさを野球部を引退してから改めて感じるようになった。後輩たちには、どんな辛い状況でも諦めることなく、2年半野球をやり抜いて欲しい。そして、監督の言う通り、後悔を出来るだけ少なくするためにたくさん練習して、勝てるチームを作って欲しい。

 僕のことを指導くださった、先生、コーチの方々、そして、応援してくださった方々、今までありがとうございました。多摩高野球部で学んだことを次のステージでも生かしていきたいと思います。
63期副主将 園原正樹





















 
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多摩高校野球部63期手記① 主将 市村彪 

梅雨明けも遅れ、異様な形での開催となった夏の大会。何よりもこのようなコロナ禍で大会ができたことに感謝しかありません。一刻も早く後輩たちがいつものようにのびのびと野球ができることを祈っております。

 高校野球の時間は、ぼくにとっては何よりも長く感じたものでした。怒涛のように過ぎてゆくようなものではなく、むしろ一日一日が地に足をつけて確実にやってくるような、そんな日々でした。
 しかし僕はその時間をどれだけ大切にできたか、はっきりとした自信は持てません。1年のころには投手と外野手どちらも経験し、2年後半からは主将も務めさせていただきました。当時の自分はすべて自分の力で何とかしようという気持ちが非常に強かったと思います。しかし、投手としてはストライクが入らず、思った通りに体が動かなくなってしまいました。継続的にブルペンに入らず、自分のフォームの確認を怠っていたことが原因のように思えます。
  
  主将としては、厳しい基準で声をかけれず、全体でチームの士気をあげれなかったです。僕にとっては非常に悔いの残る高校野球となってしまいました。
 
  ただ、これほどまでにない教訓を得たということは事実です。自己分析の大切さ、ただ、自分を見つめすぎても時には疲れてしまうこと、行動に移して積極的に試行錯誤をすること。このような経験はのちに必ずや自分の真なるものになると思います

 最後に、今まで一緒に野球をしてくれた63期9人、マネージャー2人。方向性のずれもあったかもしれないけど、一緒に野球ができて幸せでした。また、全員で会えることを楽しみにしています。                              
          63期主将 市村彪





















 
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野球部OB会激励の様子


2020/7/25 神奈川県大会に向けての最終練習試合の前に、野球部OB会幹部が激励にかけつけました。

7/25の練習試合は、2回表雨天終了。
雨天続きで唯一の練習試合となった7/24は、多摩 6-8 追浜。
来週は、期末テスト期間中のため、短時間練習と十分な準備はできない状況ですが、他校も同じ状況でしょう。

野球部OB会幹部から
「毎年恒例でスタンドから応援していました。今年は(無観客のため)見れないのはとても残念ですが、応援しております。周りの人に感謝を忘れず、謙虚に今までやってきたことに自信を持って是非、試合に望んで下さい。」
との言葉が贈られました

さあ、いよいよ!
1回戦    8/1(土) vs横浜栄
@横浜スタジアム 第二試合14:30~ 

1回戦に勝った場合
2回戦   8/7(金) vs平塚湘風
@平塚球場  J:COMの中継あり

トーナメント表はこちら

無観客試合のため、応援には行けませんが、1回戦、勝って、2回戦 J:COMの中継で応援しましょう!

監督、キャプテンから抱負

練習再開の様子はこちら

選手への応援メッセージ受付中です!
https://www.tamadou.jp/baseball/
※ウェブサイトは、未記入でかまいません。



ホームページ用、白ユニフォームでの集合写真もソーシャルディスタンス!(クリックで拡大)
















 
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野球部OB会 新旧会長挨拶

新会長挨拶

17期 中野宏勝

 

OB・OGの皆様へ

この度会長となります17期の中野です。

峰野会長の後を受け、OB・OG会の主旨である、OB・OGの親睦、現役の皆さんのサポートを微力ながら力添えできればと思います。より一層のご協力をお願い致します。

2020年は全てにおいて異例の状況が続いています。

現役の皆さんも目標にしていた甲子園での全国大会が無くなり、登校、練習すらできない状況下にありました。

6月下旬から週1~2回1時間程度の練習が再開され、8月には

大会名:令和2年度神奈川県高校野球大会

期 間:8月1日(土曜日)~23日(日曜日)

試 合:トーナメント方式

が開催されることとなりました。(詳細不明)、是非3年生を中心に全力で取り組んで下さい。

OB・OG会の年間計画も今年は大幅に変更となります。来年の2月に新年会が開催でき、多くの方々の元気なお顔が拝見できる事を祈っています。

今後もOB・OG会の運営のご協力を重ねてお願い致します。 


新会長 中野宏勝の手記はこちらです。
立教大OBとしての大学野球の回顧録―多摩高17期 中野宏勝


 

退任の挨拶


15期 峰野謙次



皆さまにおかれましてはコロナウィルスの為、大変不自由な生活を強いられておられると察しております。少しずつ元の生活に戻りつつも、まだまだ安心できる状態にはなっておりませんので、これからもお体をご自愛下さい。
さて、この度5期10年務めておりましたOB会会長を退任させて頂く事となりました。OB・OG並びに同窓会の皆様には長いことご協力頂き、誠にありがとうございました。
振り返って見ますと、事務局長時代を含め何と23年間OB会の仕事に携わってまいりました。会長になってから念願だったホームページを立ち上げることが出来た事、新年会を野球部OB会主催で多摩高同窓生も参加出来る様にしたこと、それによって関わり出来なかった数多くの同窓生と知り合えたことは、たくさんの喜びと財産になったと思っております。これからも役員としてはOB会の仕事に協力していく所存ですが、中野新会長のもと皆さまにも今以上のご協力お願いしたいと思っております。
先ずは簡単でありますが退任の挨拶とさせて頂きます。ありがとうございました。
 

 
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立教大OBとしての大学野球の回顧録―多摩高17期 中野宏勝

立教大OBとしての大学野球の回顧録―17期 中野宏勝

1978年(昭和53年)2月の合格発表を受け、40人を超える同期となる新入生が3月~4月に入部した。当時の立教大学は、すべての運動部においてスポーツ推薦が長年廃止され、各部はいずれも低迷が続いていた。硬式野球部も例外ではなく、東京六大学リーグ戦の成績も5位が定位置であった。

昭和53年入部時の部員数は、2年生から4年生合わせても30人に足りず、現役入学した部員も例年の半数以下であった。

その年の新入生は大半が浪人生であり、肩・肘が傷んでいる者や体力がなかなか戻らない者が多くいた。4月を迎えて正式に部員となった1年生は早朝から野球部寮の清掃、グラウンド整備、練習(ほぼ手伝い)、上級生(3・4年生)の世話(洗濯など)、道具磨き、夜の自主練習の手伝いで1日が早く過ぎていき、自分の時間も持てなかった。

入部後すぐに春季リーグ戦が始まったが、「何のために入部してきたのか、縦縞のユニホームを着て神宮球場に立ちたい……」。だが、正直に言って、そんなことは数カ月間は考えられる状況ではなく、少しオーバーな言い方をすれば、辞めずに残っていくのがやっとであった。現に新入生は少しずつ減っていき、7月には13~14人となり、夏練習が始まった数日後に最終的に残ったのは7人(うち1人はマネージャー)だった。

3浪して(ここでは3浪の経緯には触れない)大学に入った私も、いつまで続くのか日々悩んでいたことを覚えている。心強かったのは、夏練習を乗り切って残った同期7人の結束力とその中に多摩高野球部の3つ下(20期)で現役合格し、入部した寺尾洋一(現・座間総合高校監督)の存在であった。この7人とは、毎年欠かさず2月に温泉と酒を楽しんでいる。
昭和52年秋に就任された山本泰郎監督(角館高校出身=故人)は投手出身であったため、野手の守備・打撃・戦略など技術的な面は教わった覚えがない。しかしながら、教育者的手腕は非常に尊敬していた。モットーは「野球部員である前に学生であれ」だった。

私自身は、練習に来られた大先輩の砂押邦信氏(後に国鉄スワローズ監督=故人)から山本監督への助言があり(卒業後に山本監督よりお聞きした)、1年の秋季リーグ戦からベンチ入りした。出場機会にも恵まれ、1年秋に明治大学のエース鹿取義隆(巨人→西武、現:WBSC U15監督を経て巨人軍ゼネラルマネージャー)からの初ヒットを記憶している。
残念ながら在学中に優勝はできなかったが、3年・4年時の4シーズンで2位2回、3位1回と当時の状況を考えれば胸を張れる成績だった。部員も卒業時には60人近くとなり、戦える形が備わっていった。最終学年では主将をさせてもらったが、今思えば、もっともっとやるべきことがあったように思える。

卒業後は明治生命(現:明治安田生命)に就職し、5年間社会人野球を経験した。チームには森泉弘(明治高・明治大出身:現安田学園高校監督)、松本吉啓(桜美林高「1976年夏全国制覇投手」・明治大出身:千葉経済大付属高校監督)、竹内秀夫(松坂高・慶応大出身、後に慶応大学助監督=故人)、前嶋哲夫(銚子商業高「1974年夏全国制覇」・慶応大出身:明治安田生命理事)らタレントがそろっていた。成績も都市対抗ベスト4、スポニチ大会準優勝、日本選手権出場と輝かしいものであった。

一番の宝は、大学や社会人野球を通じて知り合った人との出会いである。直接は存知上げなくても、「立教野球部でした」の一言で野球好きな方、また、少なくとも六大学出身の方とは不自由なく会話が進んでいった。

高校野球を全うして得たものも数多くある。現役の皆さんも是非とも大学で野球を続けられることや、野球に携わる人生を願っています。手島晴幸先輩(11期)、私や寺尾の卒業後も立教大、東京大、早稲田大、慶応大や六大学以外でも野球を続けた多くの多摩高出身者がいる。4年間を大学の野球部で過ごした経験はその後の社会人生活で計り知れない財産となった。
高校卒業後の私の野球人生の一端を紹介しました。今後は多摩高校野球部への恩返しができればと思っている。



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多摩高野球部OB会総会資料

野球部OB会の皆様

本年度のOB総会は会長交代という重要議案もあり、開催を模索してまいりましたが、
コロナ禍の非日常的な状況を踏まえ、全ての議案に関して執行部一任とさせていただくこととしました。

以下より、多摩高野球部OB会総会資料をご確認ください。

何卒ご理解・ご了承の程、よろしくお願い致します。 事務局長 24期 矢島

多摩高野球部OB会総会資料 (pdf)


 
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応援メッセージ受付中!多摩高校野球部、神奈川県代替大会出場へ

神奈川高校野球連盟は、県独自の夏の代替大会が行うことになり、多摩高校野球部も出場することが決まりました!
今年のチームは、昨夏の秋大会予選後、春大会中止となり、待ちに待った公式戦が最後の大会となります。

トーナメント表はこちこちら

大会名  令和2年度神奈川県高等学校野球大会
日程   8月1日(土)~23日(日)
※授業の無い日に試合(土日祝日・夏季休暇)
※無観客試合を予定。


部活動の再開は6/29(月)から、平日週2回まで、土日禁止。
1週目は準備・片付け、2週目以降も厳しい時間制限があり、代替大会まで、ほぼぶっつけ本番で大会に臨むことになりそうです。

多摩高野球部応援ホームページでは、試合の予定、野球部の様子などをお伝えしていく予定です。

無観客試合なので応援にかけつけることはできませんが、選手への応援メッセージ受付中で!

下記コメント欄にお願いします! ※ウェブサイトは、未記入でかまいません。


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公立高校で甲子園を目指す! 57期 清原聖也


野球部57期主将 清原氏


多摩高時代は1年夏からメンバー入り。3年時は主将、三塁手、4番として牽引。
学習院大学時代は、2年の春リーグレギュラーとして試合出場。
その後、椎間板ヘルニアが悪化し3年時から学生コーチへ転身。三菱ufjモルガン・スタンレー証券で勤務。


公立高校で甲子園を目指す! -多摩高を選んだ理由

姉が多摩高の卒業生ということで小さい頃から多摩高を意識していた。
私立高校への進学よりも、勉強をする環境が整っている公立高校で甲子園を目指したいと思い多摩高を選んだ。
結果は夏の大会同じ川崎の橘高校に、3-2、10回サヨナラ負けで1回戦敗退。


多摩高野球部同期の仲間に対して

マネージャー3人を含め23人で3年間を過ごしました。
当時はぶつかることも多い同期でしたが、今では半年に1度程度みんなで飲み会をするほど大切な、かけがえのない仲間です。

受験勉強について

受験の志望校は一般入学でも野球部に入部できる大学だけを受験しました。
大学で硬式野球を続けるつもりは元々ありませんでしたが夏の大会での敗戦きっかけに、その悔しさから野球を続けることを決意しました。
受験戦略、勉強法共に効率を重視しました。具体的には受験校を3校にしぼり、塾では講義をとらずに基本的に独学で勉強しました。
その結果、縁のあった学習院大学へ現役進学することとなりました。

行事の盛んな多摩高での行事との関わり方

正直、私は野球をメインに考えていたため、怪我をしないようにだとか練習時間への支障がないよう範囲で行事へ参加するようにしていました。
そんな中でも多摩高の行事は魅力的で一生の思い出になっています

学習院硬式野球部での経験

部員も100人以上、そして強豪私立出身のメンバーが多くいる環境で野球を続けたことで、自分の置かれている状況をよく把握して、その中で生きていくことを学ぶことができました。
高校では4番を打っていても大学の野球部では下位打線であったため、今まで苦手であった守備を猛練習して守備でアピールをするように自分を変えました。
そして、怪我をして選手として復帰の見込みが立たなくなった時も、試合に出ていた経験とベンチ外にいた経験をしたのは私しかいないため、その二つの経験を伝えることができればチームに貢献できると思い自ら学生コーチを申し出ました。

この自分の置かれた環境の中で役割を自ら見つけて全うする力は紛れもなく学習院硬式野球部で得た力であり、社会人となった今でも活きています。


57期の手記は こちら をご覧ください。

多摩高校野球部ありがとう 57期主将 清原聖也

本当にありがとうございました 57期投手 大江康太

「初打席そして最終打席」 57期 瀬尾真矢

これからも応援よろしくお願いいたします 57期 日高朋紀

一生の誇りになる 57期マネージャー 五十嵐りん

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一生の誇りになる  57期マネージャー 五十嵐りん

(2014.7.13)

57期マネージャー手記


7月12日横浜スタジアム。高校球児の熱いプレーを期待しているかのような青空の中、開会式が行われた。
私たちの夏が始まる、そう実感した。

そして迎える7月13日初戦、橘戦。
みんなの目からは本当に強い気持ちが溢れていた。その気持ちが9回代打での同点に繋がった。一塁でガッツポーズをしている瀬尾、泣いている選手、飛び跳ねて喜んでいる選手、そして監督が私の両肩を強くゆすった、この場面は今でも鮮明に思い出す。このままずっとみんなの野球を見ていたいと思った。

私たちの夏は1日で終わってしまった。しかしその1日は今までに無いほど輝いた。きらきら輝いていた。きっとその姿を見た後輩達に気持ちは伝わった。

私の高校生活の全ては野球部だった。悩んだこともたくさんある。57期はマネージャーにも厳しく接してくれてたくさん成長できた。そんな代のマネージャーができたこと、一生の誇りになる。

支えてくれたたくさんの人のためにも、これからは自分の出来ることを精一杯やる、そしてなにより大好きな多摩高校野球部を応援し続ける。

57期のみんな、本当にありがとう。
なにかに一生懸命取り組んだことのない私の、全てを変えてくれました。
58、59期のみんな迫力のある応援をありがとう。

58期のマネージャー2人は厳しいことも
たくさん言ったけど、ついてきてくれてありがとう。2人なら大丈夫だよ。

これからも多摩高校野球部の応援よろしくお願い致します。

支えてくれた全ての方々に心から感謝しています。ありがとうございました。
57期マネージャー 五十嵐りん

多摩高野球部ブログより転載

 

57期マネージャーの五十嵐りん撮影

マネージャーの凄さ!

延長戦に入り、一眼レフカメラをマネージャーに預けて応援に集中した私。
帰宅後、画像確認をしているとこんなショットが。
これ、連写じゃないんですよ。3球目を捉えています。
マネージャーも相手投手の投げるボールを見極め、打つタイミングを無意識に身に付けているのだと思います。

 
 
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